
二百余年の老舗が贈る京都みやげの代名詞。パリッと食感の「井筒八ッ橋」と、歌舞伎をモチーフにした生八ッ橋「夕霧(ゆうぎり)」
2026/02/24
京都みやげの代名詞とも言える「八ッ橋」。誰もが一度は食べたことのあるあの味が、実は時代と共に進化していることをご存知でしょうか?今回、編集長のアッキーが注目したのは、口の中でパリンと軽やかに砕ける「井筒八ッ橋」と、知る人ぞ知る生八ッ橋のルーツとも言える隠れた名品「歌舞伎銘菓 夕霧」です。その背景には、「変えないために、変わり続ける」という老舗ならではの柔軟な姿勢と、受け継がれる精神がありました。取材スタッフが、京都府に本社を構える、株式会社井筒八ッ橋本舗 代表取締役社長の津田一成氏にお話を伺いました。

株式会社井筒八ッ橋本舗 代表取締役社長の津田一成氏
―創業から220年という長い歴史をお持ちですが、そのルーツについてお聞かせください。
津田 創業は1805年(文化2年)、初代津田佐兵衞が京都祇園の地で仕出し屋の暖簾を掲げたのが始まりです。京名物「井筒八ッ橋」は「六段の調べ」などで知られる箏曲の祖・八橋検校に由来します。八橋検校が教え伝えたとされる京の堅焼き煎餅を琴の形に仕上げ「八ッ橋」と名付け、祇園の街で売り出したところ、大変評判になり京都を代表する銘菓となりました。江戸時代に京都で作曲の日々を送っていた検校さんは、常に物を大切にしておりました。日頃お世話になっている井筒茶店の主人にお米を洗う際にでる残り米を捨ててしまうのは「もったいない」と諭し、古米や砕米に蜜と桂皮末を加えて堅焼き煎餅を作るとよいと教えたといいます。これが「八ッ橋」の原点でございます。現代で言うSDGs、フードロス削減の先駆けのような精神が、創業当時から私たちの根底に流れております。


創業から220年。
時代が移ろい店舗が変わっても、祇園の地で伝統の味を守り続ける姿勢に変わりはない。
―社長ご自身の経歴について伺います。一度家業を離れられたそうですね。
津田 はい。高校卒業後に入社して製造や販売に携わっていたのですが、一度外の世界を見ようと、東京の老舗すき焼き店「浅草今半」で3年ほど修業したのです。その後、中小企業大学校で経営を学びました。その後、様々な企業で勉強しておりました。
そんな折、家業がコロナ禍で後継者不在の危機という状況になり、京都へ戻り会社の業務を経験した後、社長に就任することになったのです。今は毎朝、会長(七代津田佐兵衞)である父と膝を突き合わせて話し、「井筒の心」を受け継いでいます。
―看板商品である「井筒八ッ橋」ですが、あの独特な形にはどのような物語があるのでしょうか。
津田 あのカーブを描いた形は、お箏(こと)の形を模しているんです。箏の名手であった八橋検校さんを偲び、楽器の形に仕上げた堅焼き煎餅を「八ッ橋」と名付けて売り出しました。単なる煎餅ではなく、検校さんへの追悼と敬意が込められた造形なんですね。検校さんの「お米を一粒も無駄にしてはいけない」という教えを守り、その優しさと精神を形として残しているのが、この「井筒八ッ橋」なんです。

箏曲八橋流の開祖・八橋検校への敬意から生まれたその形は、楽器の「箏(こと)」を模している。
―「昔ながらの味」というイメージがありますが、食感や香りへのこだわりを教えてください。
津田 実は、時代に合わせて少しずつ変化させているんです。「昔ながらの味」というと「変わらないこと」が良いと思われがちですが、硬い食感が苦手な現代の方にもおいしく召し上がっていただけるよう、実は10年おきくらいに生地を改良し、少しずつ薄くしているんですよ。今の八ッ橋は、おそらく他社さんのものよりも圧倒的に薄く仕上げてあります。口に入れた瞬間に「パリン」と軽やかに砕ける食感は、この薄さだからこそ実現できるものです。
また、香りにもこだわっていまして、人工的な香料ではなく、天然の「粉末のニッキ(桂皮末)」を使用しています。粉末を使うことで、噛むほどに自然で上品な香りがふわりと鼻に抜けていくんです。伝統とは、ただ守るだけでなく、その時代時代で一番おいしいと感じていただけるように磨き続けていくこと。その進化の積み重ねが、この一枚に詰まっています。

極限まで薄さを追求し、パリンと砕ける軽快な食感を実現。
噛むほどに、天然ニッキの清々しい香りが鼻に抜ける。
―長年のファンの方からは、どのような声が届いていますか。
津田 ありがたいことに、「やっぱりこの硬さがいい」「これが八ッ橋や」と言ってくださるお客様が多いですね。実際には少しずつ薄く柔らかくなっているのですが、その「変わらない安心感」を感じていただけていることが嬉しいですね。おじいちゃん、おばあちゃんからお孫さんへ、世代を超えて受け継がれている味であり、間違いのない看板商品です。


お茶やコーヒーと楽しむのはもちろん、アイスクリームやプリンに添えるのもおすすめ。
―もう一つのご紹介商品「歌舞伎銘菓 夕霧(ゆうぎり)」について、誕生の経緯を教えてください。
津田 実はこの「夕霧」こそが、現在一般的になっている「つぶあん入り生八ッ橋」の草分け的な存在なんです。戦後、歌舞伎が復興する際に、南座(京都の鴨川沿いにある、日本最古の歴史を持つ歌舞伎の劇場)役者さんたちと一緒に「戦後復興のお菓子を作ろう」という話になりまして。そこで、歌舞伎の名作「廓文章(くるわぶんしょう)」のヒロイン・夕霧太夫をモチーフに、1947年(昭和22年)にこの「夕霧」が生まれました。これがきっかけとなって、後に他社さんが三角形の生八ッ橋を作り始め、ブームになっていったという経緯があるんです。

つぶあん入り生八ッ橋のルーツとも言える幻の銘菓。
三角形ではなく、あえて手間のかかる「編み笠」の形を守り抜いている。
―独特な形や名前に込められたこだわりは何でしょうか。
津田 この形は、「廓文章(くるわぶんしょう)」の主人公・藤屋伊左衛門が被っている「編み笠」を模しています。伊左衛門が恋人の夕霧太夫に会いに行く際、人目を忍んで編み笠を被っていた、という物語の一場面を表現しているんです。
また、中に入っている餡にも深い意味があります。これは小倉餡なのですが、実は夕霧太夫の生まれ故郷である嵯峨・嵐山の近く、小倉山の麓を「小倉の里」と言われ小倉餡の発祥の地とされているんです。「夕霧さんが故郷の小倉餡を包んでいる」という見立ても含めて、このお菓子全体が一つの物語になっています。
一般的な三角形の生八ッ橋とは一線を画し、私たちはあえて手間のかかるこの編み笠の形を守り続けています。それは、単に甘いものを売るだけでなく、夕霧太夫と伊左衛門の物語や、歌舞伎という文化そのものを後世に伝えていきたいという思いがあるからです。

厳選された小豆から作られる風味豊かな小倉餡。
―どのような方に愛されていますか。
津田 歴史がお好きな方や京都通の方に深く愛されています。「自分たちだけが知っている名品」として喜んでいただいていますね。私たちは毎年、夕霧太夫ゆかりの地で「夕霧祭」を行い、供養を続けています。そうした文化を守り続ける姿勢も含めて、応援してくださるファンの方がいらっしゃいます。

毎年欠かさず行われている「夕霧祭」での供養の様子。
悲恋の物語や京都の歴史を次世代へつなぐ活動も、この菓子が愛される理由の一つである。
―最後に、今後の展望やビジョンをお聞かせください。
津田 家訓である「利益より永続」を守りつつ、社内の改革も進めています。トップダウンではなく、若い社員が主体となって新商品を開発する「プロジェクト制度」を導入し、ボトムアップ型の組織を目指しています。「やりたい」という声を形にすることで、今の従業員が輝ける会社にしていきたいですね。伝統を守るだけでなく、新しい感性を取り入れながら、次の世代へと京都の文化をつないでいきたいと考えています。
―貴重なお話をありがとうございました。

「井筒八ッ橋 化粧缶入 60枚(3枚×20袋)」
価格:¥1,944(税込)
店名:井筒八ッ橋本舗ONLINE SHOP
電話:075-861-2121(8:30~17:30)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.yatsuhashi.jp/fs/izutsu/gr2/gd217
オンラインショップ:https://www.yatsuhashi.jp/

「歌舞伎銘菓 夕霧 化粧箱入 ニッキ5個・ゆず5個)」
価格:¥2,808(税込)
店名:井筒八ッ橋本舗ONLINE SHOP
電話:075-861-2121(8:30~17:30)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.yatsuhashi.jp/fs/izutsu/gr7/gd57
オンラインショップ:https://www.yatsuhashi.jp/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
津田一成(株式会社井筒八ッ橋本舗 代表取締役社長)
1979年生まれ。高校卒業後、井筒八ッ橋本舗に入社。その後、東京の「浅草今半」での修業や中小企業大学校での経営学習を経て帰京。一度家業を離れるも、コロナ禍を機に復帰し、代表取締役社長に就任。伝統を守りながらも、ボトムアップ型の組織改革や新商品開発など、次世代に向けた挑戦を続けている。
<文/お取り寄せ手帖編集部 MC/藤井ちあき 画像協力/井筒八ッ橋本舗>




























