うえの_top

行列のできる広島名物「うえののあなごめし」。もはや幻といわれる最高級の穴子が自宅で味わえる幸せ

2023/07/31

広島・宮島で行列のできる名店として100年以上の歴史を誇る「うえののあなごめし」。その穴子は東京の高級寿司店以上のクオリティとも噂されます。その貴重な穴子の蒲焼が、通販でもお取り寄せできると聞き、編集長アッキーが注目。早速取材班が、4代目代表・上野純一氏にお話をお伺いしてきました。

有限会社うえの 4代目代表 上野純一氏
広島・宮嶋駅前にあるうえの本店前にて
有限会社うえの 4代目代表 上野純一氏

―広島・宮島の名物として有名な、「うえののあなごめし」。週末には大行列になると伺いました。「あなごめし」が生まれた経緯を教えてください。

上野 明治34年(1901年)に、創業者の上野他人吉が宮嶋駅(現在の宮島口駅)の近くで、穴子のあらで炊いた醤油ご飯に、穴子をびっしりのせた駅弁を販売したのが「あなごめし」の始まりです。
もともと宮島近海では穴子が大変よく獲れていました。地元では昔から「穴子どんぶり」という郷土料理があります。初代の他人吉は、宮島で米の商いをしていたのですが、宮嶋駅が開通した後に、宮島口の駅前参道に茶店を開業。その茶店で販売していた穴子どんぶりを、駅弁の新商品「あなごめし」として開発、販売したのです。
これが山陽本線で評判となり、広島の名物となりました。

うえの_2
広島名物「うえののあなごめし」。
旅人はもちろん、有名グルメライターたちに愛され、
駅弁No.1に輝いた歴史もある。

―明治時代には穴子がたくさん獲れたのですね?

上野 もう目の前の海が冷蔵庫状態、というほどでした。漁師もたくさんいましたので、いくらでも水揚げがありました。今日余ったものはカゴに入れてそのまま海に釣っておいて、翌日に出して用いました。穴子はお店にある生け簀に放しておいて、生きている状態でさばいて、次から次に焼いていっていました。
それが、昭和40年代から列島改造が始まり、海沿いにテトラポットができ、新幹線が走り、高速道路ができ、街の様相が変わってくる中で、穴子の不漁が続く時代が来ます。今では江戸前も同じですが、残念ながら、毎日漁師が漁に出られるようなエリアはほぼなくなってしまいました。

―日本で穴子が獲れなくなっているんですね?

上野 例えば東京で毎日100の穴子が提供されているとすると、江戸前で獲れているのは1くらいです。日本全国で見ても、供給されている穴子が100とすると、穴子が獲れる北限に近い仙台から福島、九州まで入れたとしても、獲れるのは平均するとせいぜい20くらいにしかなりません。残りの80%は、韓国か、外国からの輸入品です。
それも漁獲高というだけで、例えばお寿司屋さんが「どうしてもおいしい脂が乗った穴子が欲しい」といった場合のクオリティのものは少ない。穴子が鰻のような高級魚になる時代が近づいています。
それで、うえので欲しいような穴子は、各地の高級寿司店とバッティングしたりするんです。私どもで使える脂が乗った穴子は、全体の中でも上位20%位になりますから、まずそれを探さないといけないんですね。

うえの_3s
穴子の不漁が続き「あなごめし」が存続の危機だった頃、
上野氏が自社の倉庫で見つけ、再起を誓った駅弁のレッテル。

―穴子の質というのは、どんなふうに違うのでしょうか?

上野 わかりやすくお肉に例えていうと、ステーキにしてちょっと炙っておいしいというと、A4かA5ランクのお肉ですよね。A3以下のお肉って、やっぱりちょっと叩いたり、タレをたっぷりかけたりした方がいいかもね、となりますね。
穴子も同じで、脂の乗ったいい穴子であると、炙るだけで柔らかいです。焼くだけで柔らかいから、煮る必要も蒸す必要もありません。もちろん一流の鮨屋が脂の乗ったうまい穴子をさっと柔らかく煮て保存し、炙ってちょっとタレを塗ってというのも旨いのですが、うちはいい穴子が手に入る恵まれた時代からのやり方を通してますので、まず穴子は焼くものだと思っているんです。だからやっぱり、穴子の味を全く無視して、ただ一気に強く煮たりとか、濃い味でただ甘いだけの穴子っていう一般的に普及しているようなものにするわけにはいかないんです。我々としては、やはり100年以上続いたやり方を維持するために、何としてもいい穴子を手に入れるしかない。
だから、販売を伸ばすというのは難しいです。通販もやっているのですが、すぐに限界点が来るというか。日々お客様がお店に並んでいただいて、1時間も待っていただいて、期待して待っていただいているわけですから、自信のないものは出せませんし、大袈裟でなく、売りたくても売れない状態です。とにかくいい穴子を絞り込まなければいけませんから。

―もう全部が日本産というわけにはいかなくなっている?

上野 量がもうすでにないですから。そして、たとえ量があっても、うえのに送ってもらえる質のものは限られます。
穴子の良さは、海の中で何を食べているかによります。そういう情報は、何十年の歴史の中でみんな漁師の頭の中に受け継がれてインプットされているデータがあるわけです。だからそれを予約しておくしかないのですが、いいものはもう争奪戦です。それは中間業者さんとの信頼関係なくしてはできません。
私が韓国とか中国の穴子に興味があるのは、ある時、回転寿司の穴子がすごく脂が乗って美味しいことに気がついたんです。彼らの仕入れの中でも、獲っている場所やタイミングや時期によって当たることがあるわけです。
そこから、旨い穴子を求めての旅が始まりました。

―そんなに穴子が貴重になっているとは知りませんでした。そんな中、今回は「蒲焼」をご紹介くださっています。

上野 これを紹介するのは、5代目の息子にはちょっと難色を示されたんです(笑)。うちは穴子だけでやっていますから、穴子がなくなると困りますからね。
蒲焼は本当にいいものじゃないとできないんです。韓国産も使っていますが、日々の入荷にもかなり緊張してやっています。うちにはうちの基準があって、脂を測る器械を使ったり、体の長さや大きさ、それらを韓国側にも基準を課しています。厳しくチェックしてしっかり注文もつける。これの繰り返しで質を担保しています。

―いいものを仕入れて、調理法はもうシンプルに焼いていらっしゃる?

上野 先日、一行広告を出しますから何か文章を入れて欲しいと頼まれたのですが、「脂の乗ったうまい穴子は、ただ焼くだけ」と書きました。
東京や博多で穴子を食べるのですが、だいたい煮てありますよね。煮た穴子で、それに甘いタレをかけて出てくるのですが、やっぱり私からするともう穴子の味がしないというか。ただ煮汁に穴子の匂いだけが残っているな、と感じてしまう。我々は穴子本来の味を受け継いで、穴子の旨味に精通しているから、焼いただけで美味しいものを提供したいんですね。

―ご紹介いただいた蒲焼のおすすめの食べ方はありますでしょうか?

上野 トースターか魚焼きグリルで炙っていただいてからタレをかけ、炊き立てのごはんにのせていただくだけでもちろん構わないのですが、私のお勧めは生姜ごはんです。
穴子を1cm幅くらいに切ってからアルミホイルに並べて、じりじりっていうぐらいに炙っておいてタレをかけ、炊き立てのごはんに米酢をさっと混ぜて、その中に5mmの賽の目に切った生姜をざんぐり混ぜたものの上にのせる。海苔に巻いて簡単な手巻きにしても良いです。三つ葉があれば三つ葉とか、ちょっと苦みも入れるとさらに美味しいです。あれば、甘さ控えめに炊いた椎茸を一緒にのせたり、あるいは混ぜて椎茸寿司飯を作って、それに蒲焼をのせても贅沢ですね。

うえの_4
生姜ごはんの上に蒲焼をのせていただいてみた。
穴子には弾力があり、タレにはただ甘いだけではない深いコクがある。
本来の穴子の味とはこれか!と、今までにない感動があった。

―「穴子と椎茸のちらし寿司」の商品もありますね?

上野 こちらもおすすめです。「あなごめし」は冷凍にしたくないので通販では販売していないのですが、こちらは温めて暖かいお寿司として召し上がっていただきたいので、冷蔵商品として開発しました。常温に戻してから、2分くらいレンジ加熱していただくといいかなと思います。

うえの_5
「穴子と椎茸のちらし寿司」は5代目の息子さんと開発した商品。
通販でも購入可能。

―色々目移りしてしまいそうです。

上野 通販で何か1つ頼んでみようかな、という場合には「蒲焼」を頼んでいただいて、生姜ごはんで食べていただくのが一番のおすすめです。日本酒がお好きな方には、「白焼き」もいいですよ。宮島のお店では、知っている人は「白焼き」を1本頼んで、それでお酒をグッと飲んでから、「あなごめし」にいかれますね。
ぜひ、お店にも足を運んでください。

―貴重な穴子を通販で楽しめるのは本当に嬉しいですし、宮島のお店にもお伺いしたいと思います。本日はありがとうございました。

穴子の蒲焼【2尾】

「穴子の蒲焼【2尾】」
価格:¥2,970(税込)
店名:あなごめしうえの、石亭の穴子料理の通信販売
電話: 0829-56-0006(平日9:00〜17:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://shop.anagomeshi.com/shopdetail/001000000007/
オンラインショップ:https://shop.anagomeshi.com/

※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。

<Guest’s profile>
上野純一(有限会社うえの 4代目)

1956年広島県生まれ。宮島口で育つ。東京の大学を卒業後、後継者として、1979年(昭和54年)、24歳で上野食堂へ帰る。その後、1988年(昭和63年)社名を有限会社うえのとして、4代目に就任。有限会社うえのの姉妹店、庭園の宿石亭の亭主としての顔も併せ持つ。
宮島口商店会会長として、宮浜温泉組合長として地元活性への役割も担う。

<文・撮影/尾崎真佐子 MC/隅倉さくら 画像協力/有限会社うえの>

OFFICIAL SNS

Instagramでハッシュタグ#お取り寄せ手帖を検索。

  • Instagram
  • Facebook
  • Twitter