第6回 「一二三亭」

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しっぽく料理のアラカルトとシメのおじや。長崎らしいオリジナリティ。

「長崎は今日も雨だった」は、クラシック歌謡曲の不朽の名作である。この歌のおかげで、長崎は雨の多い町とのレッテルを貼られる結果となった。ところが、この曲がヒットした1969年、長崎は水不足で悩んでいたという。
自他ともに認める雨男なぼくが訪れた日も、長崎は晴天だった。

歌詞を紐解くと、雨だったというのは心象風景で、それは涙のたとえだと分かる。加えて、歌詞の中にある、
♪さがし さがし求めて~
♪ひとり ひとりさまよえば~
この「ひとりさまよう」イメージこそ、長崎と合致するような気がする。
長崎は本当に起伏が多い。路面電車に揺られてもタクシーに乗っても、坂道ばかり走っている印象だ。それこそが「さまよう」ことを楽しめる所以だろうか。

長崎は広島と並んで第二次大戦末期に原子爆弾の投下を受けた。それだけでも筆舌に尽くしがたい悲劇である。ただ広島より被害が少なかったのは、町の起伏の多さだったと聞いた。徒歩にて散策すると分かる、次の街並みが突然見えてくる驚きや感動は、「さまよい旅」の賜物であろう。2015年、軍艦島の世界文化遺産登録以来さらに観光客も増えて、全国、世界各国から訪れる人々に、豊かな潤いを与えている。

長崎はその地形から、橋も多い。いたるところに川が流れ、それと並行に道ができ交差するように橋が渡される。ヨーロッパに行くと普通にある石造りの橋も、長崎の通称眼鏡橋が沖縄を除く日本で最古となっている。
シチリア島にあるカターニャという町で道に迷い、目的地を英語の通じない女性に尋ねたところ、まさにこの眼鏡橋のイラストを描いて、ここに行けと教えてくださり無事目的地にたどり着いた経験がある。長崎においてもこの橋がランドマークとなり、そこに吸い寄せられるようにステキな飲食店が並ぶ街並みが形成されているような気がした。

長崎では、卓袱(しっぽく)料理と呼ばれる、いわゆる円卓で中国料理のスタイルをとりながら、そこに和洋のテイストを加えた折衷料理が名物とされる。現在でも昔のままの卓袱料理を食べさせる料亭が残っているが、少々格式が高くコストもかかる。

そこで今回訪れたのが「一二三亭」である。
この店も以前は、江戸の吉原、京都の島原とともに「三大遊郭」として栄えた長崎の丸山遊郭を取り巻くエリアで料亭を営んでいた。当時の地図も「一二三亭」の店内にて見ることができる。

第二次大戦後、何度か移転を繰り返し、現在の眼鏡橋のたもとへと落ち着く。そして、高級とされる卓袱料理を、技術だけをそのままに、コースをばらしてアラカルトで楽しめるように工夫した庶民派の店が、現在の「一二三亭」なのである。

眼鏡橋を渡り、ぶらぶらと川沿いを歩く。夕刻ともなると涼感が増してとても心地よいアプローチとなる。店内は料亭を営んでいた名残や見栄はどこにもなく、店主や女将さんの穏やかで温かい応対に心を和ませながらカウンターへとすすむ。

まずはオススメにしたがって、卓袱料理のアイテムでもある「牛かん」、「角煮」を注文。
長崎ではかまぼこをかんぼこと言い、かんとは練り物を指すそうだ。。つまり「牛かん」とは牛肉の練り物のこと。ところがどう考えても練り物ではない、かといって挽肉な感じもしない。黙って出されれば魚かとも思えるあっさりとしたさわやかな味わい。ダシを十分に吸ってふわふわと柔らかい。

「角煮」も同様だ。豚の角煮は甘辛いこってりとした口当たりを真骨頂とする。ところが「一二三亭」で出会った「角煮」も、あっさりと柔らかい。これが卓袱料理のなせる技なのかと、思わず店主の表情を見上げてしまう。

そして、「一二三亭」の入口にも大きく記されている、もう一つの名物「おじや」も語らねばならない。
さて、「おじや」と「雑炊」の違いはよく問われるところだ。一般的に比較される水分の量だけではなく、米が主体かダシ汁が主体かによる区別を考えると分かりやすい。炊いたお米が余った、では「おじや」を作ろう。いいダシの出たスープがあるぞ、最後は「雑炊」にしてみようと、こんな具合。

この店の「おじや」は、まさにおじや以外のなにものでもない。汁感は見事に消され、すべてご飯の中へと蓄えられている。それを閉じ込めるような形で卵がコーティングされる。この状態でも完璧なのだが、白ゴマとネギのトッピングにより、さらに後を引く味へと加速する。ここからは一気食いである。

もう終わりかと、後ろ髪を引かれながら店を後にした。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 一二三亭
▶ 住所 長崎県長崎市古川町3-2
▶ 営業時間 17:30~23:00
▶ 定休日 水曜日
▶ TEL 095-825-0831

※食随筆家 伊藤章良さんが出演している、BSフジ「ニッポン百年食堂」は2017年7月1日より再放送開始
http://www.bsfuji.tv/100nen/

伊藤 章良

食随筆家

料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。その普遍的な内容から、シリーズ一作目が「東京巷蔵好店」として中国語に翻訳され中華圏でも販売。
2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

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