広島県尾道市「宮徳」のせいろすし

広島県尾道市「宮徳」のせいろすし

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西の伝統、温すしといわれる「せいろすし」が名物

西の伝統、温すしといわれる「せいろすし」が名物

東ヨーロッパ、クロアチアにドゥブロヴニクという町がある。
「アドリア海の真珠」と称され、それはそれは美しい。港を中心として街が形成され、海からの敵から守るために城壁が張りめぐらされるも、海の際までなだらかな丘が迫っていて、その丘陵に赤い屋根の建物が密集する。
丘の頂上から見下ろすと、とんでもなく幻想的でリアリティのない世界で、日本人には現実として受け入れがたい光景かもしれない。この海の青さは、どんな言葉で表現したらいいのか。おそらく日本語にはないのだろう。過去に見たことのない「青」が、しかも刻々と時間とともに変化しながら眼前に漂っている。
ジブリ映画の聖地ともいわれ、「紅の豚」「魔女の宅急便」のモデルとして登場することでも知られるが、まさにジブリアニメの世界がリアルな形としてよみがえってくる。

ぼくは、広島の尾道よりもドゥブロヴニクの方を先に訪れた。その後立ち寄った尾道をして、ここは日本のドゥブロヴニクと形容したくなった。
海の青や屋根の赤、日本の海岸線ではありえない城壁など、比較の対象にしては、色とスケールに大きな違いはあるものの、何より驚く類似点は猫が多いことだった。
丘陵にへばりつくように形成された家並みの間には、曲がりくねった細い路地が通る。車が少なくましてスピードも出せないので、猫が事故に巻き込まれるケースが少ない。観光客は、街と共存する動物を大切に扱う。港が近くきっと食料も豊富だろう。元々尾道では、公文書をかじるネズミを退治するために猫が積極的に飼われたと聞いたが、ネズミがいなくなった今は、さらに天国に違いない。

あまり猫好きではないぼくですら、猫と共に暮らす尾道の自然体な姿が大変気に入った。百年かけてこの地にイーハトーヴを創り上げようとの構想にも、「猫の細道」と称される小路と共生する姿が描かれている。

加えて食の面でも、海の幸山の幸に恵まれた立地だ。観光地にうまいものなしと「おおむね正しい」と判断するが、意外にも食についても相当レベルが高いと気づかされる。

というのも、飲食店の門構えが客に媚びていないのだ。ロケ地として様々な映画やドラマに登場し全国各地から人が集まる観光都市ながら、フリの客を何としても呼び込もうといった「下心」があまり見えてこない。

今回訪問した「宮徳」、その入口のシンプルなこと

健全かつ理想的な食の街である。そして今回訪問した「宮徳」、その入口のシンプルなこと。尾道で創業180年を越える老舗ながら奇をてらうことなく、歴史を売りにしない確固たる自信が漂う。海鮮の店らしく船の帆をモチーフにした「宮徳」のロゴも現代にも通用する粋を感じる。

店内へと進むと、食堂と呼ぶには申し訳ない格調と風格
長年のオペレーションにも培われたダイニングスペースであろう

店内へと進むと、食堂と呼ぶには申し訳ない格調と風格。カウンター席から視野に入る冷蔵ショーケースには、色艶のいい魚が並ぶ。
長年のオペレーションにも培われたダイニングスペースであろう。客の要望に合わせて使い勝手もよさそうだ。一階のカウンターやテーブル席に後ろ髪を引かれつつ、二階のお座敷へ通された。

宮徳」では、「せいろすし」が生まれた当初からずっと同じせいろを使って温めているそうで、まずはその不思議な形だけでも一見の価値がある

「宮徳」がこの店の名物として提供しているのが「せいろすし」。せいろという言葉からも想像できるように「温すし」のカテゴリーだが、これをぬくすしと読める地方にあるスタイルと伺った。「宮徳」では、「せいろすし」が生まれた当初からずっと同じせいろを使って温めているそうで、まずはその不思議な形だけでも一見の価値がある。

混ぜられた海鮮やシイタケ等の食材も同時に絡まって新たなるうま味が登場する
「せいろすし」を眼前にして驚くのは、やけどするほどアツアツの状態で運ばれること

「せいろすし」を眼前にして驚くのは、やけどするほどアツアツの状態で運ばれること。ある程度冷ましたものを想像していて面食らった。
この料理、一言で表現するなら「奥が深い」。アツアツから食べ始め、温度が下がってくると同時に香りや味わいが刻々と変わる。器は見かけよりも深く奥へ奥へと掘り進むように食べると、混ぜられた海鮮やシイタケ等の食材も同時に絡まって新たなるうま味が登場する。調理手段が限られた時代からのメッセージながら、21世紀の今も驚きを持って迎えられる稀有な逸品である。

酒は女将さん(先代の奥様)担当。こちらも信じられないほど全国のレアな地酒を集める。観光客なら広島の酒をいただきたいと思うわけだが、この店が観光客に向いていないということを示す証左だなあと、改めて地元愛に敬服した。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 宮徳
▶ 住所 広島県尾道市久保2丁目23-16
▶ 営業時間 11:00~21:30
▶ 定休日 毎週水曜日(祝日の場合は翌日)
▶ TEL 0848-37-3652

伊藤 章良

食随筆家

料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。その普遍的な内容から、シリーズ一作目が「東京巷蔵好店」として中国語に翻訳され中華圏でも販売。
2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

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