北海道厚沢部町「前井食堂」のカレー

北海道厚沢部町「前井食堂」のカレーほか

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日本一レアな百年食堂。他では出会えないオリジナルな味がずらり

日本一レアな百年食堂。他では出会えないオリジナルな味がずらり。

北海道はきっと、観光地として日本有数の場所だろう。自然やアクティビティはもちろん、グルメにはとりわけ特別感がある。北海道というだけで、新鮮とか盛りだくさんとかの尾ヒレがついて、最初からシートされているような立ち位置だ。
東京や大阪などの大都市では、デパートの北海道物産展の賑わいがスゴイ。各店がしのぎを削って新たな美味を探し、それに引っ張られるように客が並ぶ。個人的には、新鮮とか豊富といった美辞麗句に惑わされ、きちんと調理された料理にたどり着けない可能性も感じるのだが。

しかもローカルの人たちは、カニやウニやホッケばかりを食べているのではない。牧場が多く肉類も豊富と思いきや、牛肉はほとんど食べない。実はぼくは1970年代に5年間北海道旭川市に住んだことがあったが、その当時の旭川には牛肉を売る店がなかったと記憶している。

函館に行けば、代表するローカルフードとして、ラッキーピエロのハンバーカーとハセガワストアの「やきとり弁当」が双璧だ。こちらはヤキトリといいつつ使われているのは豚肉。東京でも「鳥」と店名に入るのに豚肉やモツの串を出す店も多い。ブロイラーのように半ば工業製品化する前の鳥肉は、豚肉よりも貴重だったことがうかがえる。つまり「とり」と名乗って豚肉を出す店は、意外にも歴史があることを示している。

日本人にとって北海道は、明治維新以降に開拓された新しい土地との認識がある。ゆえ、観光に訪れたい場所ではありつつ名所旧跡は少ないとの感覚だろうか。ところがある調査によると、百年以上続く飲食店が20軒以上もあると知った。つまり町が形成されるのと同時に食堂もできている。やはり食堂と庶民の生活とは切っても切れない関係にあることが分かる。

ただ、今回の北海道取材は本当に驚いた。60軒以上全国の食堂遺産を巡りつつも、ここまで珍しい立地の食堂は経験がない。トコロは厚沢部町(あっさぶ)という。元々の語源はアイヌ語かと思うが、それに漢字を当てても少々無理がある、というか読めない。函館から車で一時間以上かかる。鉄道の駅は存在しないが、北海道新幹線が通るという話も聞いた(駅ができるわけではないと思うが)。日本のメークイン発祥の町とのこと。

目的の「前井食堂」に向かうも、目に入る範囲に飲食店は皆無。この町で食堂といえばここしかないのではないかと思わせる

厚沢部町に着いて、まずは道の駅に立ち寄り情報収集だ。メークインにちなんだご当地ゆるキャラやオリジナルコロッケ、メークインの芋焼酎など、なかなか楽しい空間だが、立ち寄れそうな場所はここのみ。その後、徒歩で目的の「前井食堂」に向かうも、目に入る範囲に飲食店は皆無。この町で食堂といえばここしかないのではないかと思わせる。そんな「前井食堂」は、なんと明治30年の創業なのだ。
食堂裏手に大きな川が流れ、川を使った物資運搬の際の要所だったとの説明があるも、明治30年の北海道って想像がつかない。

幾層ものエントランスの造りに反し、店内は広々として清潔な空間
麺類はすべて自家製。製麺所が近隣にあるとも思えず自家製は当然か

冬はきっと極寒だろうと察する幾層ものエントランスの造りに反し、店内は広々として清潔な空間。カウンター、テーブル、お座敷と、用途や人数に合わせて使い勝手もよさそうだ。
ラーメン、そば、焼きそば、カレー・・・。食堂として余りあるメニューが揃う。そして麺類はすべて自家製。製麺所が近隣にあるとも思えず自家製は当然か。というより、全国の食堂取材で分かったのは、製麺所から麺を買うのは大都市の店がほとんどで、地方に行けば行くほど麺は自家製。そしてなによりウマイ。多くの秀逸な都心の店舗がなぜ麺を自ら作らないのか不思議だ。

焼きそばは摩訶不思議。野菜と共に炒め一人前用の鉄板に載せ、ジューシーな香りと共に出てくるが、ソースは各自の好みでその上からかける

「前井食堂」、ラーメンはさすがに北海道全体の影響を受けた味噌ラーメンや函館らしい塩ラーメンが並ぶものの、焼きそばは摩訶不思議。野菜と共に炒め一人前用の鉄板に載せ、ジューシーな香りと共に出てくるが、ソースは各自の好みでその上からかける。麺は細目なので、味わいもパスタでいうタリオリーニのようで儚い。ソースより醤油が合うかもしれない。

さらにガラパゴスを感じるのはカレー。黄色いのである

さらにガラパゴスを感じるのはカレー。黄色いのである。ハウスバーモンドカレー以前とでも例えようか。メニューがカレーなのでカレーとするが、この料理を分類するならシチューだろうと思う。
一度食べたら忘れられない、いや、二度と巡り会えない気がする切ない味。とはいうものの、実はレトルトが発売されていて東京は汐留にある厚沢部町のアンテナショップでも購入可能。大阪の母に食べさせると「わたしらの一番好きな味や」と大絶賛だった。

店の裏が美しい川でその辺一帯すべて「前井食堂」の庭のよう

店主は若いころ東京でも仕事をしたことがあるという。ここへ移住して店を開きました感のある粋人。実際には代々続く老舗の跡取りなのだが。
店の裏が美しい川でその辺一帯すべて「前井食堂」の庭のよう。店主曰く、暖かくなると釣りをして過ごすのが日課だとか。うらやましい人生である。
「前井食堂」は、そのために旅行をする価値がある唯一無二の食堂だ。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 前井食堂
▶ 住所 北海道檜山郡厚沢部町本町45-7
▶ 営業時間 11:00~15:00、17:00~19:30
▶ 定休日 日曜日
▶ TEL 0139-64-3053

伊藤 章良

食随筆家

料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。その普遍的な内容から、シリーズ一作目が「東京巷蔵好店」として中国語に翻訳され中華圏でも販売。
2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

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