「お茶を淹れる」というシーンが、だんだんと少なくなってきている気がします。私も、ついペットボトルのお茶を買ってしまうことが多くなりましたが、自分で淹れた日本茶ってやっぱりおいしいし、何より気持ちが安らぎますよね。
今回、アッキーが気になったのは、1865年(慶應元年)創業の老舗、京都・山城にある宇治香園のお茶。お茶と音楽やアートとの融合など、新しい試みで注目されている代表取締役の小嶋宏一氏に、取材陣がお話をお聞きしました。
美しいパッケージに惹かれ、お茶の風味に心動かされる。〝非日常の入り口″を楽しめる、宇治香園の「煎茶 天恵」
2022/08/31
宇治香園 代表取締役の小嶋宏一氏
―創業以来、157年目になられるそうですね。
小嶋 江戸末期の1865年(慶應元年)に、京都南端の山城という宇治茶の産地で創業しました。
最初は茶の行商をしていたのですが、明治政府が茶の海外輸出を推奨した時期に、アメリカ向けの茶葉を神戸港に運ぶことになりました。
途中大阪の港に寄り、船津橋、今の中之島付近で荷の積み替えをするんですね。そこで「お茶を分けてくれ」と言われて分けていたら、「このお茶うまいなあ」と評判になった。
それで、船津橋で小売店を出させていただくことになりました。1914年、大正初期のことです。
そこから大阪とご縁ができまして、心斎橋にお店を出し、以来、お茶の製造、卸、小売りという仕事を続けてきています。
大阪に店を開き、茶を一般に普及させることに尽力した。
―真っ白いパッケージが斬新で、清廉な印象です。
小嶋 ありがとうございます。「茶そのもの」をより深く、より美しく、より身近に感じていただきたいという気持ちで、創業155年を迎えた2020年に商品を全面リニューアルしました。白いパッケージには、「何ものにも染まらない茶そのものの魅力をお伝えしたい」という思いが込められています。2021年に、世界三大デザインコンペティションの一つ、「iFデザインアワード2021」を受賞しました。
リニューアルパッケージのデザインは、
「iFデザインアワード2021」を受賞した。
―今回ご紹介いただいた「玉露 玉龍」はロングセラーだそうですね。
小嶋 1914年の船津橋時代にできたものです。玉露なので、毎日何度も飲むお茶ではないですが、ちょっとぜいたくなひとときを過ごしたいとき、お客様をもてなしたいときにおすすめです。濃厚なコクがあり、心地よい余韻がスーッと続きます。飲むというより、舌の上で味わってほしいお茶です。
―「煎茶 天恵」は比較的新しいお茶ですね。
小嶋 2005年、創業140年を迎えたときに先代の小嶋秀夫(現会長)が生み出した風味です。
うちには、「煎茶 清風」という100年以上続いている銘柄があるのですが、「もう一歩踏み込んだ旨味を作り出したい」という思いから生まれました。やさしい甘みと飲みごたえのある、コクを楽しめる煎茶です。玉露が非日常のお茶だとすると、非日常の入り口くらいの感じですね。
パッケージの裏には、
確実においしく淹れるための目安が書いてある。
―おいしく淹れるコツはありますか。
小嶋 どちらも淹れ方は同じで、沸騰させたお湯の温度を少し下げてから急須に注いでください。
パッケージの裏には、「何グラムのお茶に、何ミリリットルのお湯で、何分」というふうに、かなり詳細においしく淹れる目安を書いています。
以前はもっと簡単に「ティースプーンで何杯」などと書いていましたが、お客様から「ティースプーンと言ってもどんなサイズなのか」とお問合せをいただき、だったら、もっと詳しく書こうと。
日本の軟水でいちばんおいしく飲める淹れ方が書いてあるので、ぜひ1度、この通りに淹れてみてください。もっとも、あくまでも目安であり、お好みはそれぞれですので、その方がおいしいと感じられる淹れ方が最上だと思います。
「煎茶 天恵」には、ドライフルーツもよく合う。
―お茶によって、合う食べものも違うのでしょうか。
小嶋 そうですね。これもお好みですが、日本茶には、バターのような動物系の油脂はあまり合いませんね。油脂分が少なく、甘みがすっと切れるようなお菓子がおすすめです。
バターの入った洋菓子やチョコレート、羊羹などには、苦みとエッジがしっかり立っている抹茶とか、逆に、ほうじ茶のようなさっぱりしたお茶が合います。
天恵のような煎茶には、あっさりとしたお菓子が合います。一口サイズの薯蕷饅頭なんてぴったりです。洋菓子だとメレンゲとか。柑橘類は合わないけれど、ドライフルーツは合いますよ。
お茶選びに迷ったら、お店の方に相談するのがいちばんです。「毎日食事の後に飲みたい」とか「こういうお菓子に合うものが欲しい」など、どういうときに飲みたいか伝えると、選びやすいと思います。
オンラインショップなら、「おすすめ」マークがついているのが、とくに人気があって長く愛されているお茶なので、そういうものから試すのがいいでしょう。
―なるほど、試してみます!小嶋社長で、6代目だそうですね。
小嶋 はい。しかし親には「跡を継げ」と言われたことはなく、「いずれお店を継ぐことになるかもしれないが、それまでは好きな事させてもらおう」と思っていました。
視覚と聴覚に働きかける映像という媒体に惹かれていたので、大学では映画制作に没頭しました。その結果、アマチュアの映画祭で受賞し、海外の映画祭からの招待で、現地の学生とティーチインの機会をいただいたのですが、その印象が強烈でした。映像を介して意思疎通を図る体験は、のちの活動に少なからず影響を与えています。
―それがどうしてお茶の世界に入ることになったのですか。
小嶋 なんの予備知識もなく、お茶の研究機関に飛び込みました。
突然、茶の香りがしたというか、「お茶の世界って、なんかおもしろそうやな」という予感がしたのです。
今から20年くらい前の話ですが、お茶の世界を眺めると、一方に精神文化があって、他方に町のお茶屋さんという構図があるけれど、その間がない気がしたんです。
音楽に例えると、まるで高域のハイハットがシャンシャン鳴っていて、低域のバスドラがドンドン鳴っているのに、中域の音がすっぽり抜けているような、そんな構造に見えたんです。
そこで、中域にちょうどよい塩梅の音を鳴らしてみたい、と思いました。「じゃあ、中域のお茶ってなんやろなー」って考えることから、始まりました。
「繰り返し鑑定することで、
自分の中にお茶の風味の物差しができる」と小嶋社長。
―もともと、お茶にはお詳しかったのですか?
小嶋 いいえ。お茶はよく飲んでいましたが、全く知識はありませんでした。
お茶の仕入れ会場では、体育館みたいな広い空間に、お盆に乗ったお茶が何百点と並べてあるんですね。
先輩茶師たちは、「この茶葉は青みが濃い緑色、これは赤みのある緑色」などと茶葉の色あいを鑑定しているのですが、素人の私には全て同じ緑色に見えるんです。
あとで、「今日は5列目の右端から3番目がよかったね」「2列目の1番端が光ってた」とか鮮明に記憶しているのにも衝撃を受けました。価格も、数十円の違いまで頭に入っているんです。
「これは自分には到底無理だ」と思いましたが、師匠に、「お茶は1万杯飲んで半人前。とにかく大量に鑑定すること。一定量を超えたら自分なりのお茶観ができる」と教わりまして。
新茶の時期には、お茶の仕入れで毎日何百点ものお茶を鑑定するので、1万杯は意外にあっという間なんですね。それでだんだんと茶葉の違いがわかるようになってきました。自分の中に日本茶の風味の地図ができて、確固とした物差しができるような感じです。回数を重ねるってすごいなと思います。
また、「お茶を作るならワインも参考になるよ」と言われて、フランスのブルゴーニュに連れて行っていただいたこともあります。ワインもお茶と同じで、風味の物差しが自分の中になかったら、風味の差や距離感が掴めないだろうなと感じました。
―お茶はワインと通じるところがあるのですか。
小嶋 お寺で鐘をつくと、最初にゴーンとアタックの音がして、そのあとウォンウォンと揺れる音がして、最後に余韻が長く響いて、消えていきますよね。
その感じと、お茶の「先味→中味→後味→余韻」の体感がすごく似ているんです。鐘の音の波形をギュッと圧縮したような感じ。ワインのことは詳しくありませんが、似た世界がありそうだなと感じます。
自分は、「先味→中味→後味→余韻」のそれぞれに、オーディオのグラフィックイコライザーみたいなものを思い浮かべています。お茶を飲むと風味が口内を通ってすーっと鼻に抜けていく、そのわずか2秒くらいの間に、抽象的な立体がバーッと浮かんでは動き回り、消えてゆく。とくに大事なのは終わり方、余韻の部分なんです。たとえば玉露は、余韻をしっかりと長めにつくります。
お茶をブレンドするということは、この体感を伸ばしたり縮めたりして、創造することだと思っています。
日本茶の香りはコーヒーに比べるとほのかで繊細。
―奥深いですね。お茶とコーヒーの世界の違いってどんなところですか。
小嶋 コーヒーは実を焙煎するものですが、お茶は葉っぱを焙煎するものなので、感じる風味や身体に与える影響には大きな違いがあります。コーヒーの場合は香りがすごく力強いので、こっちからキャッチしに行こうとしなくてもキャッチできますよね。でも日本茶って、お茶の中でもいちばんほのかなものです。人間が感知できるかできないかくらいの香りが数百種類も重なって、日本茶の香りを形成しています。こっちから能動的に味わおうとしないと、キャッチしにくい。ほのかで繊細なんですね。でもそこに大きな魅力が潜んでいます。
感じようとすればするほど五感の解像度が上がり、豊かな体感の扉が開けてゆくので、ぜひ日本茶の風味をもっと知ってもらいたいです。日本茶を知らない人生はもったいないと思います。私自身、日本茶の世界に入ってみて初めて、「こんなに豊かでカラフルな世界があるんやな」と知りました。
―「茶師」というのはどういう人なんでしょうか?
小嶋 生産者の方々が大切に育ててくださった茶葉の特徴を見極めて、それぞれの茶葉が最も輝くような割合で組み合せ、代々続く銘柄の風味を作る、茶の調合師のような職人のことです。
茶師になるための特別な条件はありません。お茶が好きだったら、それなりの努力をすれば誰でもなれるのではないでしょうか。食いしん坊の人がおいしい料理を作るのと似ているように思います。
茶葉を峻別する能力はもちろん大切ですが、それに加えておいしい風味を作り上げる編集技術が必要です。その技術の習得には「おいしいお茶が好き、それを作りたい」という気持ちが1番大きな動機になると思っています。
同じ畑のお茶でも別の茶師が関われば全く違うお茶に仕上がります。求めるおいしさが違うため、ブレンドの仕方や焙煎方法が異なってくるからです。
最近は、自然のままを楽しむ「シングルオリジン」という考え方が出てきていて、そのスタンスも素晴らしいですが、私どもは、自然の恵みに人間がはたらきかけることで、お茶の風味が純化されて、茶そのものの姿が現れると考えています。
新たなパッケージデザインは、エンボスによる光と影の表現をしていますが、これは色ではなく光であることを意味し、茶そのものの姿を視覚化したものです。
お茶は家族が集まるきっかけにもなる。
―「茶のこころを世につたえ よろこびの和をひろげます」という社是はどのように生まれたのですか。
小嶋 実は、うちの女性スタッフの言葉もきっかけになっています。海外生活が長く、日本に帰国して、毎日お茶を飲むようになって発見したことがあると。食後に家族でお茶を飲む時間が「みんなの時間になる」と言うんです。
以前は、食事が終わるとさっと部屋に入っていた中学生の子どもたちが、お茶を出すと、しばらく一緒に飲みながら、今日あったことなどを話してくれるようになったそうです。
「お茶って人をつなげる力があるんやな」と改めて気づかされました。
いっぽうで、ひとりで飲むお茶もすごくいいですよね。
自分のためにお茶を淹れて自分と向き合うことで、静かな時間が生まれ、緊張をほぐしたり、リセットすることもできます。
例えば激辛ラーメンを食べたり、恐怖映画を観ると、緊張を強いられますが、そのあとに緩和があり、リラックスすることで心がリフレッシュできます。お茶も似ています。苦みがあって、緩和がある。狭い空間で様々な手順を踏んで濃いお茶を飲み、最後に緩む。スーッとする。そこにお茶の穏やかだけど大きな力を感じます。
―社長が考える「いいお茶」とは。
小嶋 繰り返し飲んでも飽きが来ない、長く愛される風味のお茶です。
私はよく、お茶の風味を仕上げるときに「平板にする、フラットにする」という表現をするのですが、歴史のあるお茶ほど、とがり過ぎたり、エッジが立ちすぎないように気を付けています。
それによって、地味だけれど何回も飲みたくなるお茶になります。
これは、新たなパッケージデザインに求めた内容とも響き合っています。
ただ、「いいお茶」の基準は、時代によって少しずつ変化します。日本人の嗜好も、水道水の質も変わってきていますし。
昔の音楽作品を今発売するときに、「リマスタリング」することがありますよね。お茶も同じで、今の環境に合わせて鳴り方、響き方を整えることが必要になる場合があります。
たとえば、脂っこいものが普通になった食生活には、濃厚でどっしりした風味が合わなくなってきました。もっと後味がシュッと切れるお茶でないと合わない。とくに若い人には、余韻が長くないものが好まれる傾向があります。
先日、京都のイベントで、新しい水出しの煎茶を試飲してもらう機会があったんです。「現代の人のお口に合うすっきり感はこんな感じじゃないか」と想像してつくった煎茶なんですが、それを召し上がった方たちの目が、パッと輝いたんです。それを見たときに、「あ、これ行けるかも!」と感じました。
伝統的な煎茶とも、ペットボトルの緑茶ドリンクとも違う、いい距離感を見つけた、そこの輪郭がつかめたなという嬉しい瞬間でした。
―お茶と音楽やアートとの連携など、新しい試みもされていますね。
小嶋 一般的にお茶は単なる飲み物として捉えられていますが、それを飲む瞬間にはすごく複雑に変化する体感があります。この感覚は、オーロラのように変化する色のようであり、お寺の鐘の音を聴いたときの感覚のようでもあります。お茶という存在は、光と音の在り方にとてもよく似ていると感じるんです。そこで、この3つの体感の要素、茶と光と音の統合を、Tea + Light + Sound =“Tealightsound”として探求し、毎年音楽作品を制作していただいています。
茶のこころを伝えるというテーマを、聞くお茶、見るお茶、あるいは読むお茶など、様々な媒体で展開してゆきたいと思っています。
―社長として心がけていることは。
小嶋 派手さはなく地味であっても、長く愛されるお茶の風味を伝え続けること。そしてその結果、お客様はもちろん、支えてくださる生産者、仕入先、スタッフが幸せになる。その循環ができることを目指しています。
宇治香園には100年以上続くお茶の銘柄がありますが、それは世代を超えてその風味を愛してくださったお客様のおかげです。それだけの歳月に磨かれた風味には、普遍性が宿っていると思います。その風味を愛してくださる方々に向け、まっすぐにお届けしてゆくことが1番間違いのない道だと思っています。
―これからのビジョンをお聞かせください。
小嶋 お茶の可能性は膨大です。それを様々な形で展開したり、これまでとは異なる伝え方を提案したいです。同時に、長く愛されるお茶を変わらず伝え続けられる土壌も大切にしたいです。この2つです。
代々受け継いできた銘柄とお茶への愛情を礎に、時代に応じたお茶の姿を思い描き、お伝えしてゆこうと思っています。
―お話を聞いて、お茶の愉しみ方が広がった気がします。本日はありがとうございました!
「煎茶 天恵」(70g)
価格:¥1,620(税込)
店名:宇治香園
電話:0774-86-2116(9:00~17:00 土日祝日除く)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://ujikoen.co.jp/item5005/
オンラインショップ:https://ujikoen.co.jp/
「玉露 玉龍」(60g)
価格:¥2,700(税込)
店名:宇治香園
電話:0774-86-2116(9:00~17:00 土日祝日除く)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://ujikoen.co.jp/item5127/
オンラインショップ:https://ujikoen.co.jp/
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小嶋宏一(株式会社宇治香園 代表取締役)
1973年京都府生まれ。野菜・茶業試験場で茶の基礎を学び、宇治香園に入社。茶師として茶の鑑定とブレンド技術を磨きつつ製造販売の現場を担当。2011年代表取締役に就任、茶の魅力を再認識し、茶のこころを広く伝える様々な取り組みを開始。創業150年を機に茶と音楽とアートの協働〝Tealightsound″をスタート。2020年に一新したパッケージが、世界3大デザイン賞である「iFデザインアワード」にて受賞。
<文・撮影/臼井美伸(ペンギン企画室) MC/根井理紗子 画像協力/宇治香園>