信州のおいしいお菓子屋さん、といわれてすぐに思い浮かぶのが、開運堂。「開運老松」「白鳥の湖」をはじめ、ロングセラーになっている銘菓がいくつもあり、しばしば売り切れになるほどの人気です。今回、アッキーが取り寄せたのは、開運堂の「ロール」。どこかなつかしさが感じられる、ホッとする味です。
4代目となる、社長の渡邉公志郎氏に、開運堂のお菓子が長く愛され続ける理由や、商品づくりへのこだわりを、取材陣がお聞きしました。
「毎日食べても飽きない」素朴なおいしさが魅力 「松本菓子」の文化を支える開運堂のロールケーキ
2022/05/20
株式会社開運堂 代表取締役社長の渡邉公志郎氏
—創業以来138年になるそうですね。
渡邉 弊社は明治17年に私の曽祖父が創業しましたが、もともとは呉服屋だったんです。どうして菓子屋に商売替えしたのかは、わかりません。ただ、信州という土地は乾燥する気候なので、水分不足にならないように、昔から何かにつけてよくお茶を飲む習慣があるんです。そのため茶菓子の需要も多い。曽祖父も、ここで商売を営むなら、菓子屋のほうが将来性があると思ったのかもしれませんね。
最初は和菓子だけのお店でしたが、日本人の生活の洋風化にともなって、昭和34年から洋菓子も扱うようになりました。
—松本のお菓子のおいしさは、全国でもよく知られていますよね。
渡邉 はい。「松本菓子」は、お茶の習慣に育まれてきた文化です。松本の人がよくお茶を飲むので、こちらに転勤してきた方は驚かれるようですよ。東京だと、蓋がついた湯呑で、一杯だけお茶を出されるでしょう。でもこちらでは、魔法瓶を脇に置いて、何杯もお茶を注ぎ足しながら飲むんです。お茶請けは、自分の家で漬けたたくあんや野沢菜、そしてやはり、おいしい菓子です。どこの家のテーブルにも必ず「我が家の定番」の菓子が置いてあります。
いつも食べるものだから、高価な菓子ではいけないし、飽きの来ない素朴な味が好まれます。何より、舌が肥えている松本の人たちに選んでもらうためには、おいしくないといけません。東京や京都に影響されない、「松本菓子」独特の文化が育まれていると思います。わが社の菓子作りの原点も、まさにそこにあります。
―確かに、今回お取り寄せさせていただいたロールケーキも、どこかなつかしくて、毎日食べたくなるような味でした。
渡邉 「ロール」には、バタークリームを使っています。最近は、バタークリームを使っているものが少なくなりましたよね。ロールケーキも、クリスマスケーキも、ふわふわした生クリームばかりです。
でも昔はバタークリームしかなかったのです。うちは洋菓子を始めたころからバタークリームにはこだわっていて、メーカーから買ったものをそのまま使うのではなく、3種類くらいブレンドして使っています。ミックスすることで、風味や舌触りが微妙に変わります。この「微妙」というのが大切なところなんです。
モカロールは、モカスポンジで極上フレッシュバターを使用したモカクリームを巻き上げたケーキ。
―「モカロール」もおいしいですが、ナッツの入ったロールケーキというのは珍しいですよね。
渡邉 「ナッツロール」は、開運堂オリジナルの商品で、シュー皮で巻いているのがポイントです。
やわらかいスポンジにそのままナッツを入れると、スポンジのやわらかさと、ナッツの固さが、口の中で合わさったとき違和感になってしまいます。最後にナッツだけが口の中に残ってしまい、後味がよくないのです。試行錯誤の結果、ナッツとの相性がいいシュー皮を使うことで、口の中でスポンジ生地とうまく調和して、おいしくなるということがわかりました。
しかし「ナッツロール」はものすごく手間がかかるので、そんなにたくさんは作れないという難点があります。品切れになることもあって、ご迷惑をおかけしています。
ナッツロールは、プレーンスポンジと香ばしいかしぐるみがちりばめられたシュー皮の2層生地。
—100年以上続いている商品もありますね。
渡邉 パーッと流行る商品というのは、一過性の人気であることも多い。それに対して、何世代にもわたって評価していただけて、長く食べていただける商品というのは、特別な力があるのだと思います。
しかし弊社の菓子も、見た目は変わらないように見えても、実は時代に合わせて少しずつ変化させています。
たとえば甘みです。昔は、「このお菓子は甘くておいしいね」という評価でした。それが今は、「甘すぎなくておいしいね」と言われる時代です。ですから、10年、20年前の菓子と比べても、今のほうが甘みがまろやかになっています。昔と今の、皆さんの「おいしい」の評価が全く違うのです。
変化の原因としては、肉体労働から頭を使った労働に変わってきたことがあると思います。
50年前には、お父さんは農作業、息子は背広で会社に行くという家庭が多かった。肉体労働をするお父さんが食べて「おいしい」と感じる菓子は、息子には甘すぎて食べられない。実際、うちにもそういう苦情が来たんです。
お客様の好みや生活習慣の変化に合わせて、菓子も進化していかなければ、生き残れないと思います。
100年を超える松本の銘菓「これはうまい」
カステラを一切れずつパックした「ピケニケ鶏卵」
—「これはうまい」「ピケニケ鶏卵」など、ネーミングも楽しいですね。どんなふうに発想されたのですか。
渡邉 「これはうまい」は大正初めにできたお菓子ですが、当時は「くるみ饅頭」という名前だったそうです。それが、お客様にいつも「これはうまいね」「これはうまいね」と言われているうちに、「これはうまいのお菓子ください」と言われるようになったのが、今の名前の由来です。
非常にシンプルで、なんの飾りもない商品ですが、だからこそ愛され続けていると思います。毎日お茶の時間に食べて飽きないことが、大切なのです。
「ピケニケ」は、カステラを一切れずつパックしたものですが、ポルトガル語で「遠足」という意味です。
じつは昔、カステラは滋養強壮にいいというので、病気見舞いによく使われる菓子でした。しかし大きな塊だと、いちいち包丁で切らなくてはいけないので手間がかかるし、同じ病室の人におすそ分けもしにくい。家庭でも保存しにくいという声があったのです。
それで、「どうせ切って食べるんだから、こっちで切ってあげよう」と、一切れずつをパックにして平成元年から販売したところ、爆発的に売れました。
病気見舞いのための菓子から、旅行帰りの汽車で食べるためなど、気軽に求めてもらえる、ポピュラーな商品に変わったのです。
―なるほど、ピクニックにも持っていけるから「ピケニケ」なんですね。どちらも、お客様の声を拾うことから生まれた商品ということですね。
渡邉 おっしゃる通りです。私もよく店舗に出るのですが、そこで耳にするお客様の声が大変参考になります。社員にも、お客様の「つぶやき」を聞き逃さず、拾ってくるようにと常に伝えています。
「ピケニケ」は、既存の商品の売り方を変えることで、新商品に変わったという顕著な例です。
今から、見たこともないような新しい菓子を作りだそうとしても、それは難しい。卵と小麦粉と砂糖を混ぜたら、想像もしないようなものが出来上がるということはありません。推理小説を後ろから読むようなもので、どうなるかだいたいわかっています。そのなかでどう違いを出すかという、非常に狭い範囲での開発しかないのです。
洋菓子の包装氏は、木村忠太の絵がモチーフ。ロールケーキの箱の絵は、染色家の柚木沙弥郎の作品。
―どのパッケージも、どこか懐かしい、それでいておしゃれな感じがして、とても素敵です。
渡邉 ありがとうございます。「菓子」というものは、職人がつくるひとつの作品ですから、それにふさわしいパッケージにするべきだと思っています。
洋菓子の包装紙は、木村忠太さんという洋画家が描いた「パリの5月」という油絵をモチーフに、デザインしています。「パリの5月」は、店舗の洋菓子部門の名前にもなっています。
ロールケーキの箱の絵は、染色家の柚木沙弥郎さんの作品です。
ほかの菓子のパッケージも、作家さんに直接お願いして使わせてもらっています。
とはいえ、松本の人は合理的なので、パッケージを豪華にしすぎると、「箱なんか食えねえよ」ってお叱りを受けてしまいます(笑)。中身がシンプルな菓子ですから、似つかわしくないような大げさなパッケージにはしないようにと心がけています。
「白鳥の湖」は、品薄になるほどの人気。缶のパッケージの絵は、地元松本の作家、柳沢健の作品。
―「白鳥の湖」のパッケージやお菓子のデザインは、若い女性にも人気ですよね。
渡邉 そうなんです。これはもともとはスペインの修道院で生まれた「ポルポローネス」というお菓子で、らくがんに似た口当たりの柔らかなクッキーです。
安曇野の近くの豊科というところには、シベリアから白鳥がたくさん飛んでくるのです。私は本物の白鳥を見たことなかったので見に行って、「ああきれいな鳥だなあ」と思って、何かこれを商品化できないかということで、開発したのが「白鳥の湖」です。
それが若い女性たちの目に留まって、「インスタ映え」するということで、雑誌にいくつも取り上げていただいたので驚きました。今までは、「試食をしておいしいから買おう」というのが当たり前だったのですが、このお菓子に関しては、パッケージから入ってファンになってくださる方が多い。味より姿かたちが先にヒットする時代なんですね。手作りなので、現在では生産が追いつかないほどの人気です。
でもやっぱり最後は味に行きつきます。おいしくなければ、リピートはしてくれませんから。
—長い歴史を経てこられて、苦労されたことはありますか。
渡邉 以前は、いわゆる中心地に一極集中で、たくさんのお客さんが集まっていました。だからうちも「一店舗主義」で、支店を出さずにやってこられたのです。それがここ40年ほどで、商業構造が大きく変化しました。郊外に大型店ができて、お客さんが散ってしまったのです。
大きな駐車場があり、様々な大型店があって、そこに行けば半日時間がつぶせるような場所で、多くの人が買い物をするようになった。中心部から人がいなくなるという現象が、日本中で起きました。
しかし、だからといってあちこちに支店を出すとなると、人件費、場所代など経費がかかります。
そういう社会の変化による影響がいちばん大きかったですね。
そしてこれは今後の課題ですが、日本は、少子高齢化で人口が少なくなっていきますよね。食品のなかでもとくに嗜好品は、食べなくても命にかかわるものではない。いくら宝くじが当たっても、「今日からお菓子を10個ずつ食べるぞ」という人はいないですよね。だから人口が減っていくとなると、商売は厳しくなります。消費者を求めて海外に、といってもそういうこともなかなか難しい。
そうすると結局、今まではライバルとしてきたご同業者と手を組むとか、消費量に見合ったバランスをとっていく方法を考えないと、共倒れになると思うんです。どんな商売も同じです。
そういうときにも優位に立てるような状態にしておかないといけないと思っています。
―そういった課題を見据えながらの、今後のビジョンをお聞かせください。
渡邉 「どこにもないものを売る」ということにつきます。開業当時から、「あそこに行かないと買えないね」という商品をつくろうという信念がありました。独創性のある、個性的なものをつくって、お客様にわざわざ足を運んでいただけるような店でありつづけようと努力してきました。「同業者に真似はされても真似はしない」というのが、うちのモットーです。
そして、企業ではなく、いつまでも「町のお菓子屋さん」でい続けたい。かしこまったよそいきの菓子ではなくて、ふだんのお茶の時間に食べてもらえるような、「安くて、おいしい菓子」を作り続けることが大切だと思っています。
—貴重なお話をありがとうございました!
「ロール2本入(ナッツ・モカ)」
価格:¥3,402(税込、送料別)
店名:開運堂
電話:0263-32-0506(元旦を除く9:00~18:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品ページ:https://www.kaiundo.co.jp/products/detail/2691
オンラインショップ:https://www.kaiundo.co.jp/
※夏季はモカロールではなくレモンロールに変わります。その他時期によって、フレーバーが変わることがあります。
<Guest’s profile>
渡邉公志郎氏(株式会社開運堂 代表取締役社長)
1943年信州松本市生まれ。日本大学卒業後、東京都内の洋菓子店に2年勤務。1968年株式会社開運堂入社。1984年同社代表取締役社長に就任。1998年松本市中心市街地再開発で本店社屋新築。2005年松本市から安曇野市へ「水と緑とアルプス一望」をコンセプトに、HACCP対応の店舗付帯の工場を移転新築。
<文・撮影/臼井美伸(ペンギン企画室) MC/吉田茉代 画像協力/開運堂>