第7回 「かきや」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

元祖しらす丼の老舗として、守り続ける湘南の粋。

湘南、江の島、鎌倉・・・。首都圏から気軽に行ける素敵な観光名所だ。
東京・横浜へのベッドタウンでもあり、さらに海が好きな人にとっての終の住処としてこの辺りに家を持つのが目標とも聞く。

ところが、大阪出身のぼくは東京に移って20年近く湘南に全く関心を持たず、加山雄三からサザンオールスターズまで、歌謡曲で歌われる背景ぐらいにしか認識していなかった。
大阪在住時には、神戸から舞子、明石まで何度もドライブしてはシーサイドの魅力に取りつかれた。今から考えると、あまりにも神戸や明石が好きすぎて、湘南に興味が持てなかったのか。しかし、最大の理由はどうしても行ってみたくなるレストランの噂を聞かなかったからに違いない。

ところが、今回ご紹介をする「かきや」のある腰越には、ピンポイントで何度か訪れている。それは「クラリタ ダ マリティマ」というイタリアンレストランがオープンしたからだった。ここは、東京でもっとも著名なイタリアンの一つ「アロマフレスカ」の黎明期を支えたスタッフの植野さんが独立して興した店である。このレストランしか興味のなかった自分は、藤沢あたりからタクシーか東京からクルマを利用するかの二択。
でも植野さんが選んだ腰越は、江ノ電が店の前ギリギリを走るところが、ポルトガルのリスボンやカナダのトロントと近い印象。街が路面電車と一体化した風情を味わうこともできるステキな場所だった。

ある時、少し早く店に到着したので界隈を散策してみたことがある。
店構えはとても古くて地味なのに、ものすごく高級な干物店があったり、そこだけ行列のできている生しらす丼の店が気になったりと、ほんの少し動いただけでも興味の尽きない場所であることを知った。そして、ここからは想像だが、湘南の他のエリアからにじり寄ってくる新しい波と、古くからある街の底力が交錯しつつ、徐々に新旧交代の姿を確認することができるような気がした。
それにしても、取材という機会をいただき湘南の魅力に今やっと目覚めたとしても過言ではない。

今回取材に訪れた「かきや」は、食堂とともに旅館も経営する、腰越では老舗中の老舗。すっかり湘南の名物となったしらす丼発祥の店としてもよく知られる。しかし、「かきや」では、生しらすで丼は提供しない。ご飯のトッピングは釜揚げしらすがベストと考え、「かきや」のしらす丼はあくまで火入れして少しだけ天日干しした釜揚げしらすを大根おろしとともに載せる。
さらに、湘南・腰越産にこだわった最上で新鮮なしらすのみを使用する。入荷できない日には、この店にしらすのメニューは載らないこともあるという。
湘南・腰越産の上質なしらすを入荷することができるのも、古くからの漁師との良好な関係の賜物だろう。

ところで、生しらすをトッピングして丼にする生しらす丼を、地元の名物として店頭に掲げる店が増えてきた。おそらく流通や冷蔵設備がよくなった最近のことと思う。確かに生しらすは珍味としては重宝されるが、味わいは火を入れた方が美味しいしご飯にも合うとする店主の意見に同感だ。

もちろん「かきや」でも、生しらすは単品として提供される。湘南を取材に訪れた際、味の違いを確認したくて「かきや」以外の生しらすを看板にする店何軒かにトライしてみた。普通に口にしてすぐに分かるぐらい「かきや」の生しらすは鮮度が高く味が濃くて香り豊かなものだった。湘南の名物をうたいながらも、すべての店の生しらすが湘南産でまかなえない事情を垣間見た気がした。

加えて「かきや」では、しらすのかき揚げもすばらしい。工夫された独特の揚げ方でしらす一匹一匹に新たな命を吹き込み、独特の食感や旨味をクリアにする。なにより老舗食堂として、ラーメンやカレーライス、オムライスも、ノスタルジックで忘れがたい味わいである。

さて、老舗でありながら、これからの湘南を代表する店として海外からの客を受け入れることのできる店にしたいと四代目の店主は語る。メニューが英語と併記されるのは湘南の他の店でも見かけたが、「かきや」は店主自ら英会話を習い、間近に迫ったオリンピック時代に備えるという意気込みだ。たまたま取材中に外国人から電話が入った様子にも、店主は巧みに対応しており、その言葉の重みと老舗としての矜持を知ることになった。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 かきや
▶ 住所 神奈川県鎌倉市腰越3-7-24
▶ 営業時間
10:00~14:00 17:00~20:00
ランチ営業、日曜営業
▶ 定休日 木曜日(旅館のお問い合わせは年中無休)
▶ TEL 0120-32-4828
▶ FAX 0467-32-4180

※食随筆家 伊藤章良さんが出演している、BSフジ「ニッポン百年食堂」は2017年7月1日より再放送開始
http://www.bsfuji.tv/100nen/

伊藤 章良

食随筆家

料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。その普遍的な内容から、シリーズ一作目が「東京巷蔵好店」として中国語に翻訳され中華圏でも販売。
2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

食随筆家 伊藤章良のニッポン食堂遺産新着記事

おすすめ記事