近年、「生醤油」という名のついた商品を多く見かけるようになりました。今回、編集長アッキーこと坂口明子が気になったのは、その「生醤油」を日本で初めて世に送り出した弓削多(ゆげた)醤油株式会社。昨年、創業100年を迎えた、埼玉県坂戸市にある醤油蔵です。取材陣が、同社代表取締役の弓削多洋一氏に、人気商品「吟醸純生しょうゆ」について伺いました。

微生物が生きている、これぞ正真正銘の”生”。弓削多醤油の「吟醸純生しょうゆ」
2024/03/15

弓削多醤油株式会社 代表取締役 弓削多洋一氏。
―「吟醸純生しょうゆ」は、どのような醤油なのですか?他の「生醤油」とは違うのでしょうか?
弓削多 はい。まずは、弊社の「生醤油」の歴史からお話しします。弊社では2003年に「しぼりたて生醤油」という商品を発売しました。この「生」というのは、「火入れをいない」ということです。
醤油は、微生物による発酵で作られます。したがって、たとえば酵母菌は発酵の段階で炭酸ガスとアルコールを産生するため、密閉容器の中で発酵が続くと炭酸ガスがキャップを突き破ってしまうんです。それを防ぐには微生物の活動を止める必要があります。そこで、通常は火を入れる=加熱殺菌するのです。
実は、2003年以前から、弊社では火入れをしない生醤油、「純生しぼりたて」という商品を発売していました。これは、しぼった醤油を精密ろ過して微生物を取り除いたもの。醤油の中に微生物がなければ火入れをしなくても発酵は止まるので、常温の保管が可能です。
しかし、2003年に発売を開始した「しぼりたて生醤油」はそれまでの生醤油とは違って、火入れも精密ろ過も、そして成分調整もしない、まさにしぼりたての、微生物が生きたままの醤油です。その後、名称を「吟醸純生しょうゆ」と変え、現在に至ります。

“生醤油”のさきがけ、『吟醸純生しょうゆ』360ml。
クール便で届き、開封前、後ともに要冷蔵。

品名は「生(き)揚げ」。しぼりたての醤油のことです。
こちらは、加熱殺菌、フィルターろ過、成分調整を行っていません。

封を開けると、いい香り。口に含むと、塩の角が立っておらず、
何とも言えない甘みと旨みが感じられます。
―つまり、一般的な醤油=加熱殺菌済み、一般的な生醤油=加熱殺菌はしていないが、精密ろ過で除菌済み、「吟醸純生しょうゆ」=熱殺菌なし、精密ろ過なし、ということですね。なぜ、微生物が生きたままの生醤油を発売されようと思われたのですか?
弓削多 直接的なきかっけは、NPO法人「食品と暮らしの安全」事務局長の小若順一さんから「菌が生きている醤油がほしい」との要望があったことです。小若さんによれば、酵母や乳酸菌などの微生物は抗生物質耐性菌から身を守ってくれ、たとえば院内感染を防ぐことができる。また、微生物が生きたままの発酵食品は腸内環境を整え、免疫機能を活性化させるそうです。
醤油は発酵食品ですが、先にお話しした通り、市場に出回っている醤油の多くは、火入れによって殺菌しています。生のままだとガスが発生したり味が変化したりするため、常温での流通に耐えられないからです。
しかし、「ヨーグルトなどの乳酸菌食品では”生きた菌”がもてはやされているのに、醤油は流通上の問題というだけで殺菌されているのはおかしい」ということで、発売することになったのです。
―流通上の問題は、どのようにしてクリアされたのですか?
弓削多 「吟醸純生しょうゆ」に関しては、宅配便の「クール便」で直接、お客様にお届けしています。また、売り場に冷蔵庫を置かれている百貨店様にお送りして、販売していただいています。
弊社では、しぼってすぐに冷蔵庫に入れ、瓶詰めも冷蔵庫の中で行います。冷蔵庫の温度は16度以下。冬場は外気温とそれほど変わりませんが、夏場は30度以上になるので、冷蔵庫内と外気温の温度差が大きく、そうした環境で作業をするというのは体にとっては結構負担がかかるんです。でも、すべては美味しい醤油、体がよろこぶ醤油を造るため、そう考えて作業をしています。
大手メーカーさんは大量生産されるので、生醤油のためだけに冷蔵施設を造ったり、細やかな温度管理を行ったりというのは、難しいのかもしれません。その点、弊社のように小さなところは、量をたくさん造れない代わりに、醤油造りに手間と時間をかけることができるのです。
―「吟醸純生しょうゆ」のおすすめのいただき方を教えてください。
弓削多 しぼりたての生の状態を味わっていただきたいので、まずはご飯にかけて召し上がってみてください。旨みと甘みがあり、まろやかで、だし醤油のような風味があります。熱々のご飯にかけていただくと、より香りが立ちますよ。卵かけご飯との相性もバッチリです。
煮物などに使ったり、出汁と合わせたりする際にはしっかり加熱していただいたほうがいいのですが、肉や魚などを焼いたところに、最後の味つけ、香づけとしてかけていただけると、ふわーっといい香りがして食欲をそそられます。個人的には、私は帆立貝を焼いて熱々のところにかけるのが、一番好きです。

炊きたてのご飯に、ひと回し。これだけで2膳はいただけそう!

醤油の旨みと卵の旨みの相乗効果で、ワンランク上の卵かけご飯に。

もちろん、お刺身のつけ醤油としても最高です。

海苔をちぎり、『吟醸生しょうゆ』をかけ、
お湯を注ぐだけで旨みたっぷり、出汁いらずの“海苔吸い”に。

生の帆立貝を焼いて、
じゅくじゅくしたところに『吟醸生しょうゆ』をかけて。
もちろん、焼き牡蠣や焼き蛤とも合います。
―昨年、100周年を迎えられました。
弓削多 はい。ただ、実は弊社には200年以上の歴史あります。昔は、どこの家でも自宅で醤油を造っていました。農家がもろみ(大豆や小麦で作った麹に塩、水を混ぜたもの)を造り、それを醤油屋さんがしぼって醤油にしたものを使っていたのです。
私の祖父である弓削多左重は、もともと農業に従事していたのですが、醸造学に興味を持ち、醤油造りを思い立ちました。そこで、入間の醤油蔵から杜氏さんや桶などを引き取って、本格的に醤油を造り始めたのですが、それ以前から醤油を造っていたので、弓削多家の醤油造りの歴史としては200年以上、というわけです。
弊社よりも長い歴史を持つ醤油蔵が多いので、100周年を迎えたといっても、まだまだこれからという気持ちですが、醤油業界的には廃業する会社ばかりなので、よく生き残ってこられたなというの正直なところです。
―醤油造りを続けるために、どのような努力をされてきたのですか?
弓削多 大きく2つ、丸大豆醤油を復活させたことと、醤油を造る木桶の価値を再発見したことです。
本来、醤油といえば大豆を丸ごと使う丸大豆醤油しかなかったのですが、戦後、大豆油を抽出した残りの脱脂加工大豆での醤油造りが主流となりました。その方が値段が安く、加工しやすいからです。
ただ、大豆油を溶解させる際、ヘキサンという有機溶剤を使うため、「食品に添加物を入れるのはどうなのか」という声が上がるようになりました。そこで、弊社を含めた埼玉醤油協同組合で、丸大豆醤油を復活させることになったのです。
脱脂加工大豆での醤油造りを長く続けるなか、丸大豆醤油造りの技術が失われていたため、埼玉県の試験場に協力を仰ぎながら研究を重ね、ようやく丸大豆醤油造りを復活させることができました。

仕込みは“寒仕込み”。冬に仕込み、春から夏にかけてもろみが温まり、
夏に発酵が始まります。秋に発酵が終わると熟成期間に。
仕込んでから1年、ゆっくり熟成させます。
―木桶の価値というのは?
弓削多 もともと醤油も味噌も、木の桶を使って造られていました。しかし、1970年代半ば以降は、醤油を大量生産するために手入れの手間が少なく、管理しやすい金属製のタンクが主流に。弊社でも金属製のタンクを導入したのですが、昔ながらの木桶も残していました。すると、見学に来られた方たちが「木桶が並んでいる風景がいい」とほめてくださって。
そこで、改めて木桶について調べてみると、木桶には酵母菌や乳酸菌が棲み着いていて、それによって自然発酵が進むため、蔵ごとに醤油の味わいやカ香りに違いがあるということがわかりました。弊社なら「弓削多の醤油」という、他にはない醤油を造れるわけです。そこで、弊社では「木桶で丸大豆醤油を造る」ということにこだわり続けているのです。
実は、木桶を使う人が減っているため、木桶を作る人も減っていて、日本の木桶文化は滅びかけています。醤油業界でも、木桶で造った醤油はわずか1%ほど。これではいけないと、木桶を使って仕込みを続ける企業や関係者が集まり、「木桶職人復活プロジェクト」が立ち上がりました。もちろん弊社もそのプロジェクトに参画しています。2023年には、地元埼玉の木材を使用した新しい木桶を作っていただきました。
しっかり作った木桶は100年持つと言われていて、事実、弊社では初代からの木桶を使い続けています。

2021年11月に埼玉県・飯能の東吾野の山で、
樹齢117年の杉の木を伐採。数か月間そのまま山に置いて乾燥させた後、
2022年5月から製作開開始し、2023年に完成した新しい木桶。
―新しい木桶が、これから100年活躍し続けてくれるのですね!そのためにも、今後、どのような展開を考えていらっしゃいますか?
弓削多 日本食ブームで、醤油そのものだけでなく醤油造りについても、海外の方たちが関心を寄せてくださっています。日本の食文化、醤油文化を認めていただけるのはありがたく、私としてもうれしいかぎりです。
その一方で、日本では醤油はあまりにも当たり前の存在なのか、特別、関心を持っていただく存在ではないようです。「醤油はどれも同じ」と思っている人も多いのではないでしょうか。
でも、本来の醤油というのは、造り手ごとに味も香りも違います。すると、相性のいい食材や料理も違ってくるという、とても奥深い調味料なのです。そのことをぜひ、知っていただき、毎日の暮らしの中で、醤油をもっともっと楽しんでいただきたい。そのためにも、大豆、小麦など国産の原材料を使い、木桶で手間ひまかけてじっくり発酵させるという、醤油本来の造り方にこだわり続けます。
また、醤油を通して、発酵食品のよさをみなさんにお伝えしていきたいと考えています。
―貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

「吟醸純生しょうゆ」(360ml)
価格:¥756(税込)
店名:弓削多醤油
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://store.shopping.yahoo.co.jp/yugetashoyu/n6p0kir6ju.html
オンラインショップ:https://store.shopping.yahoo.co.jp/yugetashoyu/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
弓削多洋一(弓削多醤油株式会社 代表取締役)
1967年、埼玉県生まれ。千葉大学工業学部卒業後、明治屋に入社。流通の仕組みを学んだ後、家業である弓削多醤油株式会社に4代目として入社。「醤油は食品、安心して食べられるものでないといけない、調味料なので上手くなければ意味がない」というモットーのもと、醤油について遊んで学べる空間「彩の国醤遊王国」を2015年に開設。
<文・撮影/鈴木裕子 MC/山口優花 画像協力/弓削多醤油>