ぽん多本家とんかつ

第9回 「ぽん多本家」

頑なに創業当時のやり方を変えない、豚肉の特性を知り尽くした名店。

ぽん多本家カツアップ

東京、上野のとんかつ店を今回は紹介させていただきたい。
上野と聞いただけで、蕎麦、とんかつ、和菓子などの名店がひしめき合い、食堂遺産としての価値も高い文化を継承されている店舗を多くイメージする。

カツレツの元祖ともいわれる「ぽん多本家」も代表格である。
この店の前に立つと、老舗や伝統とは別次元での重厚を感じてしまう。それだけ繋いできた価値の重みを店全体から漂わせているからだろう。
店内も同様だ。歴史以上に心を打つのは清廉さ。ここまで完璧に店内をクリーンに保つ日々の努力とモチベーションには頭が下がる。
カウンターに席を取りシンプルなメニューをゆっくりと眺める。東京は世界各国の料理が普通に食べられる街となって久しいが、百年の昔、この場所に座った日本人は、どんな風に世界の料理に思いを馳せたのだろう。そんなことを想像しながら厨房に立つ四代目店主を見上げると、何事もなかったように微動だにしない。

ぽん多本家厨房に立つ主人

カツレツの元祖と称されるように、この店もとんかつが名物の一つだ。
もともとカツレツは、コートレットというフランス料理を和風にアレンジしたとするのが通例である。現在では、海外に逆輸出されるまで和食の定番に成長した。

ところで、市中のとんかつ店でロースかつを食べたとき、その脂身に食傷気味というか、口にして違和感を覚えた経験をお持ちではないだろうか。
カットされた赤身と白い脂身。一緒に衣を着けて同じ温度で同じ時間揚げたとすれば、赤身の方に早く火が入る。その赤身の出来具合で油から上げてしまうと、当然ながら脂身はまだ生焼け、つまりきちんと火が入っていない状態で、おいしくないと感じるのは当然のことなのだ。

ゆえに「ぽん多本家」では、ロース肉の脂身をきれいに処理してあえて赤身だけにし、それをカツレツとして提供している。おそらくコートレットをアレンジして日本で提供する際、赤身と脂身の特性を熟知したうえでの先達の対応に違いない。
さらに「ぽん多本家」は、ロースから外した脂身をラードにし、その油で赤身を揚げた。そうすることで、本来豚肉が持っている香りをカツレツにまとわせることに成功。「ぽん多本家」のカツレツは、そこまで細かい処理や工夫がなされた上で調理され、オープン当初から現在まで、頑なに守り継承している。
ところが、単に豚ロースに衣を着けて揚げるシンプルな過程だけが広まり、脂身は生焼けの状態で提供するとんかつが一般的になったと想像する。

ぼくは以前、友人のシェフにこの疑問を呈したことがあった。
シェフ曰く、肉はできるだけ薄くし火が入りやすいように叩いたりといった処理も施すのがフレンチのやり方。一方とんかつは、ますます分厚いものが好まれるようになっているので当然脂身に完全に火は入りません、という回答だった。

ぽん多本家のとんかつ

さて、豚肉の赤身をその脂身で揚げた「ぽん多本家」のカツレツは、見た目も香りも一口食べても、そこに一番見つかるのは『品』であった。元祖としての驕りや押しつけがましさはなく、逆につつましいと表現したくなるぐらいだ。ただ、二口、三口と食べ進めると、過去に体験してきたとんかつでは味わったことのない肉の野性味や生命力が口の中で弾ける。それは、自分自身の脂身で熱が加わることに、肉自体が喜んでいるからなのかもしれないと感じた。

ぽん多、不思議なネーミングである。それを問うも四代目店主の口は堅くオフィシャルには教えていただけなかった。一説には初代のガールフレンドの名前だとか。『ぽん』なる音は、先斗町とかポン酢とかポン菓子とか、開国以前から伝わる外来語の響きながら、妙に古来の日本語としてのルーツも持っているようでカッコいい。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 ぽん多本家
▶ 住所 東京都台東区上野3-23-3
▶ 営業時間
火~日・祝前日・祝日
ランチ 11:00~14:00
(L.O.13:45)

火~土・祝前日
ディナー 16:30~20:00
(L.O.19:45)

日・祝日
ディナー 16:00~20:00
(L.O.19:45)

▶ 定休日 月曜日 ※月曜が祝日の場合は営業し、翌火曜休み
▶ TEL 03-3831-2351

※食随筆家 伊藤章良さんが出演している、BSフジ「ニッポン百年食堂」は2017年7月1日より再放送開始
http://www.bsfuji.tv/100nen/

OFFICIAL SNS

Instagramでハッシュタグ#お取り寄せ手帖を検索。

  • Instagram
  • Facebook
  • Twitter