第8回 「互楽亭」

地元に愛されるステキな夫婦が、楽しいハーモニーを奏でる。

名古屋に赴く。
名古屋へは取材や出帳目的がほとんどで、プライベートで名古屋に遊びに行った記憶は乏しい。大都市ながら観光名所が少ないといわれる名古屋。グルメに関しても、JR名古屋駅周辺のビルや地下街で、名古屋名物のきしめん、ひつまぶし、味噌カツ、味噌煮込みうどんの名店もあり、こちらにてたいてい完結してしまう。

さらに宿泊となると、宿を取るのは栄周辺が多い。夜に宴会をしたり飲み歩いたりといったエリアも、ほぼ栄あたり。名古屋ほどの大都市なら決してここだけではではないと自覚するも、栄周辺のホテルから栄の繁華街に繰り出すと、それで一晩が終わってしまう。

では逆に、本当に名古屋らしい場所はどこなのだろう。今回ぼくが初めて訪れた大須こそがそうなのだと教えられた。日本三大観音と言われる巨大な大須観音がランドマーク。そこを起点に商店街が綿々と繋がっている。商店街の一角には演芸場があったりと、東京でいう浅草の風情にも酷似する。
ただ、観光地化で街を維持する浅草と比べ、名古屋の大須はまさにローカルの聖地。戦前は一大繁華街だったと聞くが高度成長期に栄にお株を奪われた。それでも大須に根付いた文化や人と人との繋がりを絶やしたくない地元民の熱い気持ちによって、今ふたたび名古屋の名所として全国的にも認識されつつある。

大須商店街、本当に面白い。
見慣れたチェーン店ばかりが整然と並ぶ浅草と比べると不思議なぐらいまとまりがなく一見無計画の様相。和食の隣にイタリアン、そして次がブラジル料理店と世界各国のレストランが無造作に連なっていて、その間に年配者向けの洋品店や、超マニアックな雑貨店が挟まっていたりする。
そして、百年以上前から大須の栄枯盛衰を見守り続け、地元の皆さんの元気の源を提供してきた食堂が、今回紹介する「互楽亭」である。

「互楽亭」はまず、立地が抜群にいい。商店街の入り口というか、中継地点なのか。常に人が行き交う大須の中心に存在する。店の姿は外観も店内もきれいに改装されているものの、「互楽亭」なる店名からも、界隈で知らない人はいない老舗感が漂う。なんとシンプルに、食べることをお互いに楽しもうという意志の伝わる屋号だろうか。

現在の店主は四代目。もちろん、この町に生まれこの町で成長した。幼い頃から町の人々との交流が彼を育み地元への愛情を養った。地元に根付く食堂の主人として、なるべくしてその場所に収まったのだろう。

お店は奥様と二人三脚で切り盛りする。二代目三代目までは、亭主は外で働き妻が店を守ってきたが、四代目になって「互楽亭」は男性が店主となった。
四代目は、自分の代になったとき、女性の手で代々引き継いできた味を、自分自信が美味しいと感じる新たなものに変えた。
伝統の味を変えない「遺産」こそが、長く続いている食堂のポリシーであることが多いなか、珍しい英断だ。現在も現役で厨房に入る三代目との軋轢もあったことだろう。代表メニューのカツ丼は、旧来の食堂らしさから現代の味へと見事に進化していて、シンプルで一律な食堂の味も、こうした一工夫で店のオリジナルになるものだと感動した。

「互楽亭」では、最初に勧められた名物チャーシューエッグに続き、オリジナルのカツ丼も全て完食した。それはなにより美味しかったからだ。すると店主は少し驚いた顔で「やっぱり、本当に全部食べられるんですね」と言った。だってウマイからですよと答えると、「全部食べていただけて本当にうれしいです」と、少年のような笑顔を見せた。

ぼくは取材で訪れて出された料理はすべていただく、というのが唯一のポリシーである。それはテレビの食レポートが、一口二口食べただけの感想に終わるのが残念で理不尽にも思えるからだ。一口食べた時の感想と全て食べ終った感動は別物なことを一番自分が知っている。

さて、大須のような古くからの町に欠かせないのが祭りだ。店主は幼少のころから祭りとともに育ち、現在もその中心的立場として全体を引っ張っている。祭りの実行委員長を務めたこともあるそうで、自分の子供たちの世代にもこの楽しみを繋げていきたいと熱く語る。そんな店主の店だからこそ、「互楽亭」は、こらからもずっと大須の町の社交場的賑わいを絶やすことはないだろう。

なお、ご親戚が営む同名の「互楽亭」が至近にあり、浅田真央が練習の帰りに通った店として知られている。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 互楽亭
▶ 住所 愛知県名古屋市中区大須2-17-12
▶ 営業時間
11:30〜15:00(土日祝は16時まで)
17:30〜20:00
[火]11:30~15:00
日曜営業
▶ 定休日 水曜日
▶ TEL 052-231-0255

※食随筆家 伊藤章良さんが出演している、BSフジ「ニッポン百年食堂」は2017年7月1日より再放送開始
http://www.bsfuji.tv/100nen/

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