第4回 「豚捨」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

お伊勢参りの後は、地元伊勢牛の銘店で寛ぎも倍増。

伊勢神宮は、すっかり日本人の心に戻ってきたようだ。
江戸時代は国民の5分の1がお伊勢参りをしたといわれ、その道中は命がけだったとも聞く。それほどまでに崇められてきた神宮も、ぼくが大阪に住んでいた子供のころ、関西ローカルのコマーシャルでは、赤福餅と国際秘宝館ばかりが繰り返され、全体的に低迷していた時代もあったと記憶する。

ところが、何度かの式年遷宮を経ながら、今や最高のパワースポットとしてよみがえった。とてつもない広大な敷地に、界隈とは2度違うともいわれるヒンヤリとした空気。徹底的に整備・清掃された環境ながら入場は無料。みなぎるストイックさと神々しさは日本人全員の誇りとさえいえよう。
ただ、神宮を含めた界隈を楽しい行きたい場所へと変えたのは、参道に作られた「おかげ横丁」の魅力に相違ないと思う。

「おかげ横丁」は、伊勢を愛する赤福餅の先代社長が、当時の赤福餅全体の売り上げと同じぐらいの予算をかけて興した、伊勢神宮参道のテーマパークともいうべき財産である。伊勢に対する強い思いと牽引力のある一人の人間の手による統一感。参画企業の寄せ集めや合議制ではないところに成功の最大の要因を見る。

横丁という概念は古くからあるし、それをリモデルした似非横丁は、全国各所に出来ている。起爆剤となったのは東京恵比寿の「恵比寿横丁」といわれる。ぼくはここに訪れるたび、もしこの場所で火事が起こったらどうなるのだろうとの不安にかられて落ち着かない。それほどまで安普請で無計画なレイアウトであり、客の寛ぎや居心地に重きを置かれていない。
一方、こういったカオスや客同士のふれあいが現代社会では貴重とする意見もある。しかし、これみようがしに並べられた作りモノの環境で、果たして楽しいのだろうか。

「おかげ横丁」は、横丁と名のつくスペースにおいて日本で最大級に成功している場所だと思う。まず目で楽しい、広々として気持ちがいい、もっと先に進みたいとの自然な欲求にかられる。そして何より、それぞれの店舗に入りたくなるルート作りが見事だ。

今回紹介する「豚捨」も、おかげ横丁の一角。好位置でコロッケやメンチカツをテイクアウトできるコーナーを配し、店舗内への自然な誘導も巧み。「おかげ横丁」の代表的な食事処となっている。
ただし、ぼくがオススメしたいのは「おかげ横丁店」ではなく、伊勢駅を隔てて反対側にあり、ショーケースでの牛肉の販売も兼ねた本店。本来の食堂のイメージでは「おかげ横丁」が近い。でも、明治42年創業「豚捨」の本来の魅力を紹介するなら、やはり本店に軍配だ。

木々に導かれた渋いエントランスから、お座敷の個室へと通される。長年お伊勢参りの客を肉で楽しませてきた自負と風格がみなぎる空間が待っている。
「豚捨」とは、かなり強烈な屋号である。豚肉なんか捨ててしまえというぐらいこの店の牛肉はウマイと、意味を後付けされたこともあると聞いた。それは肉といえば牛肉を指す関西圏での認識で、豚肉よりも牛肉の方が格段に高級な東京以北では、かなりの上から目線であろう。

創業当初は豚を商いにした捨吉なる初代が、豚と捨を合わせて作った屋号だそうだ。オトコの名前に捨吉というのも違和感があるが、かくいうぼくの祖父も留吉といい、子だくさんの時代にもうこれ以上子供ができないようにとの意図で命名されるケースも多いと、祖父自身が語っていた。

「豚捨」では伊勢牛を扱う。
四代目店主の口調も、三重県固有の牛は伊勢牛と伊賀牛しかなく、有名な松阪牛のルーツも伊勢牛なんですと、なめらかだ。確かに松阪牛が最高級ブランドとして名をはせたのは、松阪は「和田金」によるマーケティングの賜物だろう。和田金のホームページにも、松阪牛は兵庫県で生まれたものを仕入れて三重県の牧場で育てたものと書かれ、今や伊勢牛とも一線を画することを明記している。

伊勢牛は松阪牛よりも、ほのかな酸味や自然な旨味が特徴と感じた。松阪牛は肉そのものから、ミルクやチーズまでを感じさせるトータルな完成度で、それはそれで唸る。伊勢牛の素直さ、シンプルな肉らしさとは対照的である。
伊勢神宮の冷涼感、おかげ横丁の賑わい、そして伊勢の人々の我が町への愛を一心に受け止めると、「豚捨」に足が向く。そしてここの肉料理こそが、伊勢の雰囲気とも合致するように思う。

東京駅前の「KITTE」というビル内に「豚捨」が出店、ついに東京進出を果たした。店主の語るところによれば、東京出店の話をいたたいたが、断るつもりでお詫びの肉を持って東京に赴いた。ところが東京の雰囲気にみるみるモチベーションがあがって、よろしくお願いしますと答えて帰ってきたそうだ。

こうしてやっと50年の時を経て、松阪牛に先を越された本当のルーツである伊勢牛の巻き返しがスタートしたのかもしれない。東京でも「豚捨」と伊勢牛から目が離せなくなっている。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 豚捨 (ぶたすて)
▶ 住所 三重県伊勢市宇治中之切町52
▶ 営業時間 9:30~17:30(季節によりことなる。※飲食は11:00~、L.O.17:00)
ランチ営業、日曜営業
▶ 定休日 無休
▶ TEL 0596-23-8803

※食随筆家 伊藤章良さんが出演している、BSフジ「ニッポン百年食堂」は2017年7月1日より再放送開始
http://www.bsfuji.tv/100nen/

伊藤 章良

食随筆家

料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。その普遍的な内容から、シリーズ一作目が「東京巷蔵好店」として中国語に翻訳され中華圏でも販売。
2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

食随筆家 伊藤章良のニッポン食堂遺産新着記事

おすすめ記事