
酒造メーカーのオーナーが手がける、倉敷の食のセレクトショップ「平翠軒」
2025/05/08
おいしいもの探索に余念がないアッキーこと坂口明子編集長の耳に届いたのが、倉敷にある食のセレクトショップ「平翠軒(へいすいけん)」の情報。ここで扱う食品はほかではあまり見られないものばかりと知って、興味津々で調査を開始しました。食に対して独自の視点を持つオーナーが厳選した商品はおいしいのはもちろん、体にやさしく応用範囲が広いものばかり。また、こちらの商品と出合うことで食とは何かを考え、新たな食の冒険に誘われます。人と食に対する思いを有限会社平翠軒代表取締役の森田昭一郎氏に取材スタッフがお話をうかがいました。
―森田さんは「平翠軒」をなぜ始められたのでしょう。
森田 蔵がね、1つ空きまして。
―蔵、ですか。
森田 そうです。「平翠軒」の親会社は岡山県倉敷市にある森田酒造という酒造会社です。森田酒造は私の祖父が明治時代に起業して、祖父、父、私と3代にわたって酒を造ってきました。「萬年雪」という酒が主な銘柄です。1990年に酒蔵を1つ建てたので、大正時代に建てた蔵が1棟空きました。そこで何をしようかと思って、なんとなく始めた商売が「平翠軒」です。昔から食べ物が好きだったので、自分の気に入ったものを身近に置きたいというのはありました。今は店に1500品目ぐらいを置いています。季節によって入れ替えているので1年を通しては2000品目超えるでしょう。

倉敷市の美観地区から1本入った場所にある「平翠軒」。
―お店は倉敷の美観地区の近くですね。
森田 美観地区の近くから、1本入った目立たない場所にあります。むしろ目立たないように看板も小さくしてあります。お客様は、近隣の方、遠方からこの店を目あてにお見えになる方もいらっしゃいます。遠方で来にくい方のために、創業当初からオンラインショップを開設して、冷・常温で発送できる500点ほどの商品を取り寄せていただけるようにしています。
―どのような品を扱っていらっしゃいますか。
森田 私の気に入ったものでないとダメですね。嫌いなもの苦手なものは置いていません。店にある商品は全部私の舌を通って出ていったもので、私が1人で選んでいます。私は毎日のように試食品を食べています。扱うのは日々の食卓に上るような日用品を扱うというのが基本です。また、お客様が好きなように楽しめるアレンジが効く商品であることも基本にしています。
―仕入れはどのようにしていますか。
森田 友人知人から聞いたり、大手の食品会社では取り扱ってもらえない商品をメーカーさんが持ち込むこともあります。私はSNSは見ません。なぜならネットの情報はすでに古く、鮮度がないからです。作り手がネットにも出さない、そんな食品を探しています。一番情報を持ってきていただけるのはお客様からです。私がここに立っていると、「こういうものがあった」「これがおいしかった」とかおっしゃってくださるので、取り寄せて、試食しておいしいと思ったらメーカーさんに交渉します。お客様とゆっくりとおしゃべりしておいしいものの情報をいただきたいので、あまり店は混んでほしくないですね(笑)。

台湾の珍しい香辛料「馬告(マーガオ)」も「平翠軒」にある。
―うれしい悩みですね。お客様からの情報でどんな商品を仕入れましたか。
森田 最近、馬告(マーガオ)という香辛料を知りました。台湾の高地民族が使うレモンの香りが強い香辛料です。パスタに入れるととてもおいしいので、最近、置くようになりました。あまり売れる商品ではありませんが現地にいる方でないと知らない食品です。このように誰も知らないような商品を置く店にしたいと思っています。ですから、開店し20年ぐらいは暮らしの中の食べ物がコンセプトでしたが、だんだんと尖ってマニアックになっていっています。今は「食べ物の冒険」「食べ物の不思議」をコンセプトにしています。

びっくり箱を開けるとおいしいものが飛び出てくる感がある「冬のごちそうのおもちゃ箱(A)」。
―「食の冒険」ということはここに来ると知らないものに出会えるということですね。
森田 「あなたは知らないと思いますが、食べてみてはどうですか? 新しい驚きに出合えるかもしれませんよ」という問いかけをしています。私もいろいろな食べ物を食べて「なんでこんなものがあるんだろう、おいしくもないのに」(笑)ということがよくあります。実際、長い間伝統食として残ってきたものは個性的で、それほどおいしいと思えないものがあるものです。いろんな欠点はあるのに、生き残っているにはやはり理由があって、それを知ることがおもしろいのではないかと思います。どうも食べ物はおいしいとかまずいとか、高いとか安いとか、多いとか少ないではないようです。食べ物は人間とは何かを考えるチャンスを与えてくれると思います。
―森田さんの食に対するお考えが大変おもしろく勉強になります。
森田 もう、これはビジネスではないですね(笑)。ですから、スタッフだけでなく、お客さんの中にも「これで大丈夫ですか」と心配する人がいます。ただ新しい驚きに出合いたいという探究心を食べ物で満たしたいのです。日常の中で新しい発見や出合いはあまりありません。1日過ごして、今日も何もなかったねで終わりになることが多い。その中で1日3回食べるご飯に新しいものを組み込むと、新しい発見、日常の冒険になります。そうしたら人生がもっと豊かになると思います。
―素敵です。森田さんのそのようなお考えに賛同する方がお客様としていらっしゃるのですね。
森田 朝一番に来て、店内を回られて、昼ご飯を食べてきますと出て行って、また午後から閉店までいらっしゃった方がいました。やはり面白いのでしょうね。


夏には「夏のごちそうのおもちゃ箱」もある。(上:¥3,322 下:¥3,212)
―宝探しのように店内を見ているのですね。さて、今回ご紹介いただくのは「冬のごちそうおもちゃ箱(A)」です。
森田 優旬シリーズ「ごちそうのおもちゃ箱」は季節ごとにおいしくなるものを詰め合わせたものです。「冬の」とありますが、1年中取り寄せることができます。

岡山産猪肉を使ったコーンドミート「コン猪子」は猪肉ならではのうま味がたっぷり。
―この中の「コン猪子(こんしし)」はどんな商品ですか。
森田 猪のコンビーフです。本来はリエットと言って豚肉を脂で煮込み肉をほぐして作るフランスの伝統食ですが、日本ではその名前に馴染みがないので分かりやすくコンビーフと言っています。岡山県は良質の猪肉が手に入りやすい地域です。この商品は、菅生ななさんというフランスで国家資格を取得したシャルキュティエ(食肉加工職人)が手がけた商品です。菅生さんは私の友人で、「これを作ったのですが」と私のところに持ってこられたのです。フレンチの手法で香辛料を使っていて独特の味わいです。

「コン猪子(こんしし)」はキャベツと炒め合わせると風味豊かな一品に。
―おすすめの食べ方は?
森田 そのままバゲットにつけて食べるのが一番おいしいです。また、キャベツと炒め合わせてもおいしいです。猪の脂は融点が低く体に良い脂と言われています。

「大阪ぐるめすうぷ肉すい」は大阪の芸人さんが深酔いの翌日、うどん屋さんで注文したのが始まりと言われる
―「大阪ぐるめすうぷ肉すい」の特徴は?
森田 これは大阪の郷土料理と言っていいと思います。大阪の人は出汁にこだわりますから昆布を中心に出汁を取り、和牛と野菜を具材にしている具が多目のスープです。「肉すい」はいろいろなメーカーから出ていますが、ここのものが一番優秀かなと思います。

「オリーブご飯」のおにぎりはあっさり塩味が効いていて夏にぴったり。
―「オリーブご飯の素」もユニークですね。
森田 オリーブは香川県で盛んに作られています。私は釣りをしますので小豆島にはよく行きます。そこで食べてこれはぜひ取扱いたいと思った商品です。新鮮なオリーブをシママースと清酒に漬け込んだ塩味の炊き込みご飯の素です。あっさりしているので夏に食べるとおいしいです。私は握り飯にしてもらって店に持参して昼ご飯にしています。

「松川浦かけるあおさ」はご飯の供には最適。有名大物タレントも常備しているとか。
―「松川浦かけるあおさ」も珍しいです。
森田 今はなかなか良質なあおさが採れません。これは福島の松川浦で採れるあおさにごま油やしょうゆフライドオニオンなどで味つけしたもので、ご飯に載せて食べるとご飯が進みます。蓋を開けると磯の香りが立ち、香りでもご飯が進むといわれています。

「かけるあおさ」はパスタにしても。パスタに混ぜるだけで香り高い和風パスタが簡単にできる。
―それぞれの商品にエピソードがあり、楽しめます。今後の「平翠軒」が目指すことは何でしょう。
森田 今後?もうほとんど何も考えていないですね。今日が楽しく過ぎるならそれでいいという考え方でやっていますので(笑)、明日のことはまだ考えていません。店を閉めてどっかにいっちまうということもあるでしょうね。
―なるほど。今を一生懸命生きるということですね。食へのお考えや知らなかったことを知ることができ貴重なお話でした。本日はありがとうございました。

「冬のごちそうのおもちゃ箱《A》」
価格:¥3,458(税込)
店名:倉敷平翠軒
電話:086-427-1147(10:00~18:00 月曜休)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.heisuiken.co.jp/products/detail/555
オンラインショップ:https://www.heisuiken.co.jp/
※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。
<Guest’s profile>
森田昭一郎(有限会社平翠軒 代表取締役)
1942年岡山県倉敷市生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、国税庁醸造試験所(現・独立行政法人酒類総合研究所)で1年間の研修の後に、倉敷に戻り、森田酒造株式会社入社。1989年森田酒造株式会社社長就任。1990年森田酒造の隣に平翠軒を開業する。
<文・撮影/今津朋子 MC/田中香花 画像協力/平翠軒>