東京都新橋「末げん」たつた揚げ定食

東京都新橋「末げん」たつた揚げ定食

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文豪や政治家が愛した鳥鍋の店で、食堂感覚でランチできる幸せ

文豪や政治家が愛した鳥鍋の店で、食堂感覚でランチできる幸せ

ぼくは平成のスタートともに、生まれ故郷の大阪を離れ東京に出てきた。
単純にいってしまえば、当時勤めていた会社の異動である。

まだ今のような執筆活動はしていなかったものの、大阪時代から当然食いしん坊で呑み助。東京に異動となって暮らし始めたら、さてどこから攻めようか、大阪時代からワクワク。かなりの精度で行きたい店リストはできあがっていた。

過去も今も、飲食と同じぐらい好きな読書の影響で、小説家が通った店にはさらに興味があった。東京は、文豪が好んだ店の数も大阪の比ではない。しかし、太宰治の写真が残っている銀座の某バーなど、高いうえに決してカッコよくもなく、まるで観光名所化して、昔の面影を見出すことが叶わなかった経験も数多くあった。

中でもぼくは三島由紀夫の大ファン。そのほとんどを読破している。ゆえ、三島が自殺する一週間ぐらい前に訪れたらしき新宿の「どん底」に、まずは行ってみた。30年前も今も、デカダンスな煌きを残しつつ常連で混み合っているこの店は、酎ハイの元祖といわれるどん底カクテル、通称「どんカク」で悪酔いしながらも、かなりの頻度で通った時期もあった。

さらに踏み込んでミシマを感じる店は、新橋の「末げん」だ。

さらに踏み込んでミシマを感じる店は、新橋の「末げん」だ。
ここは、三島が割腹自殺をする前日、つまり昭和45年11月24日の夜に実際に訪れた。「末げん」は料亭と呼ばれるハイクラスのカテゴリで鳥鍋が有名。新橋駅の真ん前にあり交通も至便で、三島由紀夫に限らず、著名な作家・政治家も多く利用していた。一説によれば、三島は奥様と結婚前にこの店の個室で初めてキスをしたとも伝えられている。

しかし、東京に異動したばかりのぼくには、そんな鳥鍋をいただく財力も接待相手もない。ところが「末げん」には、元々お車の運転手さんへのまかないとして提供していたメニューがいくつかあり、それをランチタイムに提供していたのである(といっても、当時のぼくには頻繁に行けるランチ価格ではなかったが)。

その後、時代の趨勢か、黒塀は取っ払われそこにビルが建った。「末げん」はもちろんその場に残り、ビルの中とは思えないほどの風情で、格式高い新橋の料亭として、現在も営みを続けている。

もっとも著名なメニューは、鳥類のミンチを使った親子丼
このミンチカツのバランスのよさ、鳥肉と思えないジューシーさはここでしか味わえない。

食堂取材というテーマなので、もちろんぼくが今回おじゃましたのもランチタイム。三種類の鳥料理定食が秀逸だ。もっとも著名なメニューは、鳥類のミンチを使った親子丼。ドライバーさんに提供していた歴史を感じる一品。他に、たつた揚げと称する鳥のミンチカツ、そして唐揚げ。
伝統的な江戸前風甘辛い親子丼もいいが、ぼくは「たつた揚げ定食」が好み。このミンチカツのバランスのよさ、鳥肉と思えないジューシーさはここでしか味わえない。

三島由紀夫が前夜に来訪した当時の女将さんは今でもご健在である。
もちろんぼくが今回おじゃましたのもランチタイム。三種類の鳥料理定食が秀逸だ。

三島由紀夫が前夜に来訪した当時の女将さんは今でもご健在である。お女将さん個人としては、三島来訪と喧伝されることも、三島の行為が猟奇的や狂気として当時は騒がれたことも、辛すぎてしばらく口を閉ざしておられたと静かに話される。

多くの小説家は、精神的な病や作品を書き続けることができなくなって命を絶つケースが多い。しかし三島の場合は、遺作が最高作なのは後々の読者が評価するところで、これからいくらでも傑作が書ける人であった。そして、最高傑作「豊穣の海」の最終稿を書き終えきちんと送ってから、初めて行動に及んだ。
芸術家として純粋な意志を貫き通した、日本を憂う人間としての一面を、女将さんは一番肌で感じておられたことだろう。

ぼくがこんな話を女将さんに力説したら、ほんのりと涙ぐまれ、分ってくださる方にうちの店に来ていただけて嬉しい、と言われた。
観光名所などではない。歴史的文化財的にも稀有な名店だ。

没後かなり経ってから、師匠であった川端康成と三島由紀夫との往復書簡集が上梓された。そして、川端に対し送った最後の手紙の一節がこうだった。
「時間の一滴々々が葡萄酒のやうに尊く感じられ、空間的事物には、ほとんど何の興味もなくなりました。」
葡萄酒をこよなく愛する一人として、ここまで象徴的にワインを言い表した言葉は他に見つからない。三島の一文は、いつまでも深くぼくの脳裏に刻まれることとなった。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 末げん
▶ 住所 東京都港区新橋2-15-7 Sプラザ弥生ビル1F
▶ 営業時間
11:30~13:30
17:00~22:00

▶ 定休日 日・祝定休、土曜日不定休
▶ TEL 03-3591-6214

伊藤 章良

食随筆家

料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。その普遍的な内容から、シリーズ一作目が「東京巷蔵好店」として中国語に翻訳され中華圏でも販売。
2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

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