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進化を続ける広島みやげ「生もみじ」「楓果(ふうのか)」

2023/05/18

お菓子を食べて笑顔になってほしい……そんな想いで、購入者の意見を真摯に汲み取りながら商品開発をする菓子会社。定番の土産菓子もニーズに答えるべく新境地を開いています。今回編集長アッキ―こと坂口明子が気になった株式会社にしき堂 代表取締役社長の大谷博国氏に、取材陣が伺いました。

株式会社にしき堂 代表取締役社長の大谷博国氏
株式会社にしき堂 代表取締役社長の大谷博国氏

―創業からの歩みをお聞かせください。

大谷 1951年に父が創業しました。元パイロットで、終戦後、焼け野原となった広島に戻り、ゼロから仕事を始めたそうです。機械科出身で、菓子製造については全くの素人。しかし、戦後の厳しい時代だからこそ甘いものが欲しくなるはず、人々に喜びを与える仕事をしたいと考えたのです。

もみじ饅頭は、明治時代中期に広島・厳島で生まれたもの。父は後発として工夫できる点はないかと考えました。当時はまだ1つ1つ炭火で手焼きをしており、技術のある職人だけが作ることのできるものでした。そこでガスで焼くことを発想。「邪道では?」の声もあったようですが、回転させる機械からガスの配管までのすべてを自分の手で完成させ、大量生産を可能にしました。さらには個包装することを思い立ったので、より衛生的になり、全国に持ち帰る土産品となるきっかけになったのではないでしょうか。
これら父の着眼点や工夫、創造力が、うちの礎となっています。

―どのようなことを引き継がれたのですか?

大谷 私は2001年に現職に就きました。父の想いで大切にしているのは「百試千改」という言葉。「百回試して、千回改めよう」という意味です。立ち止まることなく、常に新しいことに挑戦しなければならない。そして、新しいことに目を向け現状に改良を加えるのは、開発よりもっと大切だということを指しています。

もともと、こしあんしかなかったもみじ饅頭に、粒あんや、チーズクリーム、チョコなどのバリエーションを最初に出したのはにしき堂だったと思います。お客様から「こしあんのない皮にチーズをはさんだらおいしいよ」という声をいただいたことがきっかけでチーズクリーム味を作り始めました。完成までには7年かかりましたよ。クリームを炊く機械から作りましたから。

ですが、こういうことだと思うのです。お客様の声に耳を傾け、新しいことに挑戦し、納得のいくまで改良を重ねる。父から受け継いだ精神はこれからも大切にしていきます。

―「生もみじ」開発ストーリーをお聞かせください。

大谷 これもお客様の声がきっかけでした。京都の方で、「京都土産の定番、八つ橋は、実は生八ツ橋が最も売れているのだが、生もみじはないのか?」と。頭が真っ白になりました。それで挑戦することにしたのです。カステラ饅頭でなく、生菓子としてのもみじ饅頭を作ろうと。

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生菓子としてのもみじ饅頭を目指して完成した「生もみじ」。

そうはいっても、難しかったですね。何度も挑戦しては失敗して。カステラでなく、餅饅頭にしたので、鉄板の上で焼いているとぷくっと膨れて破れるわ、冷めたら硬くなるわ……。完成まで、こちらは約10年かかりました。もちろん機械から作りました。

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生地のベースはもち粉と米粉。しっとりもっちりとした独特な食感。

2009年に完成し発売を開始したのですが、苦労した甲斐がありましたよ。わずか3年で、通常のもみじ饅頭を抜いてしまったのです。ありがたいですね。皆さんに喜んでもらえたということですから。初めて買ってくださったお客様のことも、よく覚えています。

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「生もみじ」は柚子風味のこしあん、粒あん、抹茶の3種展開(写真右から時計回り)。

もみじ饅頭を食べ慣れている広島の人からも好評をいただいています。「もちもち感がたまらない」とか「進化したんだね」などの言葉が嬉しいですね。

―「楓果(ふうのか)」についても教えてください。

大谷 2016年に、德川名宝展が広島で開催されたのがきっかけです。その際に德川家とご縁ができ、家広氏の德川宗家継承記念のお菓子を作らせていただくことになりました。

さてどんなお菓子を作ろうかと、そもそも、德川家康没後400年を記念した展示会がなぜ広島で行われたのか、にさかのぼりました。德川家が司った江戸時代は、約250年という長期にわたって、戦のない平和な時代だったことから、平和祈願の意味があったのです。そこで、平和を祈念するお菓子をということになりました。そもそもお菓子は平和の象徴。笑顔を作る食べ物ですよね。

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楓の葉をモチーフにしたデザインのカステラ饅頭「楓果」。

楓(フウ/カエデとは別物)の木は、中国では皇帝しか植えることができないとされていて、日本では德川八代将軍の吉宗公が江戸城内に植えたのが最初とされています。その楓の木は、昭和天皇より日光東照宮に下賜され、全国数か所の東照宮へと移植されました。つまり、皇居以外で由緒正しい楓の木を見られるのは全国数か所の東照宮のみ。日光東照宮の宮司さんの勧めで、楓の木をデザインすることにしました。

德川家は、源平合戦で白旗を用いた源氏の系統なので、白あん。「勝ち栗」の語呂合わせから、栗を練り込んであります。

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白栗あんが、ふんわりとした栗風味のカステラ生地で包まれている。

デザインやパッケージにもこだわり、德川家広氏のメッセージを同梱した化粧箱入りを基本としました。しかし実は、バラ売りもよく売れているのです。これは味で買っていただけているということで、とてもありがたいと感じています。お菓子を食べてホッとしていただく、そのために作っていますから。

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德川家葵の紋と楓の葉をモチーフとしたパッケージデザインで、
十九代家広氏のメッセージも同梱されている。

―2021年で創業70年。宮島町にも店舗を出されました。

大谷 広島市内で生まれ育った企業ですが、もみじ饅頭発祥の地である宮島の活性化にお声がかかり、店舗を出すことになりました。地元の和菓子店と手を取り仲良く、宮島を盛り上げていくことに一役買いたいと思っています。

もちろん、宮島だけでなく広島全体を盛り上げたいと考えています。「生もみじ」に使っている材料は、もち粉で95%、米粉は100%、広島産を使っています。小豆も、基本的には北海道産ですが、広島産も少し使い始めているんですよ。実は、平安から江戸時代にかけて、北海道以外では中国地方が小豆の産地だったのです。今はほとんど作られていませんが、復活を目指して、喜んで取り組んでくれる地元農家さんがいます。

お陰様で、「生もみじ」は「ザ・広島ブランド」として認定されるほか多くの賞をいただいていますし、全国的に認知もされています。しかし、まだまだ新しく挑戦をという気持ちでいます。

―今後の展望をお聞かせください。

大谷 お声がけをいただいてコラボ商品を作ることもありますし、自社開発の新製品もありますが、お菓子を作るのに、いろいろなこだわりを持ちたいと思っています。材料の選び方にしても、方向性にしても、パッケージにしても。さらに、地元銘菓を作り広く愛されることを目指す会社として、手作りでなく、大量生産ができる機械を作ることも大事だと考えています。

お客様の声から新製品開発にも注力しますが、既存商品の改良にも、お客さまのご意見はとても大切です。店舗で、目の前でもらう感想を工場に持ち帰り改良につなげていきます。

すべては、食べて「おいしかった」の言葉をいただきたい、お菓子を食べて笑顔になってほしい、その一言に尽きますね。

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想いはシンプル、「食べておいしい笑顔になるお菓子を」。

―お菓子を通じて笑顔を届けたい、その真摯で強い想いが伝わる素晴らしいお話をありがとうございました!

生もみじ

「生もみじ」
(6個入/こしあん・粒あん・抹茶各2個)
価格:¥980(税込)
店名:にしき堂オンラインショップ
電話:0120-979-161(9:00~17:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.nisikido.net/product/detail/217/
オンラインショップ:https://www.nisikido.net/

徳川宗家十九代継承記念 楓果(ふうのか)

「徳川宗家十九代継承記念 楓果(ふうのか)」
(6個入)
価格:¥1,200(税込)
店名:にしき堂オンラインショップ
電話:0120-979-161(9:00~17:00)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
商品URL:https://www.nisikido.net/product/detail/308
オンラインショップ:https://www.nisikido.net/

※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。
変更もしくは販売が終了していることもあります。

<Guest’s profile>
大谷博国(株式会社にしき堂 代表取締役社長)

1953年広島県生まれ。東海大学卒業後、1978年に株式会社にしき堂へ入社し、2001年同代表取締役社長に就任。現在は広島県菓子工業組合の理事長や広島県観光土産品協議会の会長を務め、他社と共に広島県全体の活性化に尽力している。

<文・撮影/植松由紀子 MC/升谷遥香 画像協力/にしき堂>

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