第3回 「むさし」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

海のイメージ下田でうどん。郷土料理の奥深さも伝える。

蕎麦は東うどんは西、みたいな雑駁としたすみわけがある。蕎麦は、東京や信州、東北地方にも名所・名産が見つかるし、うどんは讃岐を代表としつつ、大阪・京都・博多あたりも特徴的だ。
ところで大阪に訪れると、おそらくうどんを主に食べさせる店なんだけど、「○〇そば」との看板が多い。エキナカにある「阪急そば」「浪速そば」などは「そば」のみ表記だ。聞くところによれば、うどんは3文字でそばは2文字ゆえ、「そば」の方が看板代、のれん代が助かるからだという。真に大阪らしいエピソードである。

そんなコテコテな話を枕に、今回は伊豆下田のうどん店訪問記を届けたい。そこは大阪と違って、正真正銘、うどんの店を名乗っている(蕎麦もいただくことはできるが)。

さて下田。ペリーが来航したことでも有名な伊豆半島のほぼ先端。歴史的な町との認識がぼくは強かった。しかしこの季節、若いカップルなど凄い数の海水浴客で賑わいをみせ、ビーチは海水が見えないほどの人である。かくいうぼくも、ハワイで購入したアロハシャツを着ていたので、すっかり海辺の集いに溶け込んでいた。

さらに下田の名物といえば金目鯛。
キンメダイは鯛ではないとよくいわれる。鯛はオサカナの王様で、なんでも鯛とつければ王様の仲間として扱われ、高級感が付いて回る期待に相違ない。ところがキンメダイは、今や真鯛よりも高値で取引されるぐらいの高級魚になり、深海魚ゆえ養殖もあまりできないらしい。刺身などは旬の冬の期間のみで、通年では食べられないとの説明を受けた。
にしても下田で夜の街を歩くと、いずれの店でもキンメダイが食べられることをアイキャッチにしていて、夏の風物詩「冷やし中華あります」に匹敵する感じ。ところが観光客の多い夏は、冷凍以外なかなかありつくことのできないのが実情なのだ。

下田バーカーというご当地バーガーにも出会った。ご拝察の通り、キンメダイのフライをハンバーグの代わりにバンズにはさんだバーガーである。あっさりとしつつバーガーらしい野性味も感じられなかなか美味だった。しかし下田に来る観光客は、どの飲食店もキンメダイを食べさせる、もしくは食べさせたい場所ばかりゆえ、すでにバーガー店に目先が変わるころには、キンメダイは食傷気味。意外にも、もう食べ飽きたと言う客も多いそうで、普通のハンバーガーもよく出るとか。

とするなら、ここでうどんはいかがだろう。
うどんに話を戻すと、「むさし」は比較的下田駅に近く便利な好立地。エントランスの巨大なタヌキの置物が目を引き見逃すことはない。下田なのにうどん、うどんなのに「むさし」とは。

まず素朴な疑問を出迎えてくださった女性店主にふると、初代がむさしの国出身。そして海辺の町にて地元で営んでいたうどん店をやりたかったらしい。現在は、店主がパート・アルバイトの手を借りながらほぼ一人で切り盛りしている。大黒柱のご主人を早くに亡くし女手一つで店の運営と子育てを両立させてこられた。

こちらの看板メニュー「鍋焼きうどん」をいただく。確かに女性らしい優しさが湧き上がるダシ加減。しかもトッピングがさまざまに用意されていて、飽きのこない母親らしい心遣いだ。オススメのチーズをトッピングしてみたところ、鍋焼きうどんにコクと旨味が増して逆に食べやすくなっていく。こちらはお子さんのリクエストを固定メニュー化したもの。

ところでぼくは、この店の「潮かつおうどん」に強く惹かれた。
西伊豆には、地元でよく揚がるカツオに大量の塩をして干した「しおかつお」という保存食がある。極めて狭いエリアでしか作られ食べられていない郷土食品だそうで、それを「むさし」でもうどんに取り入れた。
西伊豆は、刻んだ「しおかつお」を、茹でて冷やした麺と絡めて食べる。
「むさし」では、しおかつおの塩がとても強いので、大根おろしをまぶして味をまろやかにまとめている。また、フレーク状にした「しおかつお」もトッピングしカリッとした食感も合わせて楽しませてくれる。

日本は津々浦々どこに行っても、食堂においてはダシと塩で味付けする料理が主流。ところが、干物の香りやそこからくる塩味を基本にする「潮かつおうどん」は、イタリアの片田舎でパスタを食べているような感覚にみまわれた。
これこそが郷土料理。洗練や万民が好む味を考えない素朴な地場らしい流儀は、意外と世界各国共通なんだなと、新たな事実を経験した嬉しさにも満たされたのである。

SHOP INFORMATION

▶ 店名 むさし
▶ 住所 静岡県下田市1丁目13-1
▶ 営業時間 11:00 ~ 16:00
▶ 定休日 火曜日
▶ TEL 0558-22-0934
▶ FAX 0558-22-9774

※食随筆家 伊藤章良さんが出演している、BSフジ「ニッポン百年食堂」は2017年7月1日より再放送開始
http://www.bsfuji.tv/100nen/

伊藤 章良

食随筆家

料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。その普遍的な内容から、シリーズ一作目が「東京巷蔵好店」として中国語に翻訳され中華圏でも販売。
2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

食随筆家 伊藤章良のニッポン食堂遺産新着記事

おすすめ記事